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アリカンテ Alicante

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アリカンテ
Alicante

スペイン南東部,バレンシア州,アリカンテ県の県都。アリカンテ湾に面し,バレンシアの南約 125kmに位置する港湾都市。前 201年にローマ人が占拠し,718~1249年はムーア人が支配した。石油化学,化学,繊維工業のほかワイン,煉瓦,タイル,アルミ製家庭用品などの製造業がある。気候は温暖で避寒客が多い。鉄道はバレンシアや内陸部のアルバセテ,マドリードと連絡。バレアレス諸島,南フランス,イタリア,アルジェリアと航路,空路で結ばれる。ベナカンティルの丘,サンタバルバラの砦が市街地を見おろす。バロック様式の市庁舎,聖マリア聖堂,ルネサンス様式の聖ニコラス聖堂などがある。人口 26万 1255 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

アリカンテ(Alicante)

スペイン南東部、バレンシア州、地中海に面する港湾都市。物流の要地で工業も盛ん。白い砂浜が続くコスタブランカの中心的な海浜保養地として知られる。旧市街の北東部ベナカンティル山の上に、9世紀にイスラム教徒が築いたサンタバルバラ城がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

アリカンテ【Alicante】

スペイン南東部,アリカンテ県の県都。人口25万8004(1987)。地中海に面した保養地で,老後の生活を営む人が多く,夏はリゾート客でにぎわう。マドリードから最短距離の積出港で,石油精製,化学工業も進んでいる。内戦中,ファランヘ党の創設者プリモ・デ・リベラが投獄,処刑された所で,この都市も共和国政府側につき,フランコ反乱軍に投降した最後の都市として知られる。【宮川 智恵子】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アリカンテ
ありかんて
Alicante

スペイン南東部、バレンシア地方アリカンテ県の県都。人口28万4580(2001)。地中海に面し、マドリードの南東約400キロメートルに位置する。新カスティーリャ地方第一の輸入港で、港湾設備も整い、石炭、木材、食料など、年間約80~90万トンが輸入される。輸出はワイン、果実、オリーブ油など。国際空港もあり、まっすぐな道路が碁盤目状に走る近代的な都市。肥料、たばこ、アルミニウムなどの工業と、イワシを主とした漁業が行われる。年間を通じて温暖で、海水浴場、避寒地としても有名。
 古代ローマの植民地ルセンツムLucentumに由来し、713年にはムーア人に占領された。1265年アラゴン王が奪い返し、1709年にはフランス軍に包囲された。1936~1939年のスペイン内戦では共和派が支配した。背後を取り巻く丘陵地の山腹には旧市街を囲む城壁がみられ、北東の丘陵上にサンタ・バーバラ城がある。[田辺 裕・滝沢由美子]

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