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イブン・ハッリカーン Ibn Khallikān, Aḥmad ibn Muḥammad al-Barmakī

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イブン・ハッリカーン
Ibn Khallikān, Aḥmad ibn Muḥammad al-Barmakī

[生]1211.9.22. イルビール
[没]1282.10.30. ダマスカス
アラブの伝記作者,歴史家。イラク北部のイルビール (アルベラ) の名門に生れた。バルマク家の血統をひくという。 1238年頃エジプトに行き,大法官の補佐となる。 61年にマムルーク朝のスルタン・バイバルスによりダマスカスの大法官 (カーディル・クダート) に任ぜられた。 10年後職を失い,カイロで教授となったが,政局の変化とともに彼の一身も浮沈を繰返した。聡明で,よく人生の表裏に通じ,詩を愛し,史書に親しんだ。イスラム史上の有名人の伝記に詳しく,これらをアルファベット順に配列して大人名事典を執筆した。『名士たちの過去帳』 Wafayāt al-a`yānがこれで,預言者ムハンマドの教友たち,教友たちから直接教えを受けた人々の大部分,歴代のカリフたちの伝記は省略されている。 60年に着手し,74年に完成。史料として価値が高く,文学的にも傑出している。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イブン・ハッリカーン
いぶんはっりかーん
Ibn Khallikn
(1211―1282)

イラク生まれのイスラム教法学者、伝記作者。アフガニスタン系名門バルマク家の後裔(こうえい)として北イラクのアルベラで生まれ、同地でイスラム学の教育を受けてからシリアへ行き、アレッポ、ダマスカスで学び、さらにカイロへ赴いて研究を続け、カーディー(法官)となった。マムルーク朝下のシリアに赴き、ここでも法官を務めたが、一時失脚してカイロへ戻り、のちに再度シリアへ赴いて、死去の前年までこの地にとどまった。彼が後世に残した最大の業績は『ワファヤート・アル・アアヤン・ワ・アンバー・アブナー・アッザマーン』(当代の名士録)という題の人名辞典を編述したことであった。これには865人の有名人の事績が書かれ、中世イスラムの知的活動を知るために欠かせない資料となっている。1843~71年にド・スラーヌによる英訳が刊行された。またイブン・シャーキル・アル・クトゥルビーの『ファワート・アル・ワファヤート』はこの人名辞典の補遺である。[矢島文夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

367日誕生日大事典の解説

イブン・ハッリカーン

生年月日:1211年9月23日
アラブの伝記作者
1282年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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