日本大百科全書(ニッポニカ) 「インスリン製剤」の意味・わかりやすい解説
インスリン製剤
いんすりんせいざい
insulin preparation
血糖値を下げる働きをもつホルモン(インスリン)を用いた薬剤。糖尿病の治療に用いられる。
インスリンは、膵臓(すいぞう)のランゲルハンス島(膵島)とよばれる細胞の集まりの中にあるβ(ベータ)細胞から分泌される膵臓ホルモンである。インスリン製剤は、なんらかの原因により、体内でインスリンの作用が不足した場合に使用することで、インスリンの作用を補い、血糖降下作用を発揮する。インスリン製剤は、経口投与では胃液で分解されることから、注射(おもに皮下注射)によって投与される。
[北村正樹 2023年9月20日]
歴史的背景
1921年、カナダにおいて、家畜の膵臓抽出物から血糖降下作用のある物質が発見された。この物質がインスリンであり、翌年にはヒトの糖尿病治療に応用された。当時治療に使用されたインスリン製剤には不純物が多く、アレルギー反応などの副作用が多く認められたが、1926年にはインスリンの結晶化に成功し、不純物による副作用も軽減されるようになった。
1970年代までは、家畜(ブタやウシ)の膵臓から抽出されたインスリン製剤が使用されていたが、家畜の膵臓にはインスリンを産生するβ細胞が少なく、年々増加傾向にあった世界中の糖尿病患者に使用するインスリンをまかなうには圧倒的に量が足りないこと、また、動物由来のインスリンでは抗体産生などの問題が解消できないことなどが大きな課題となっていた。
1980年代になり、遺伝子導入や遺伝子組換えなどの遺伝子工学技術(バイオテクノロジー)の進歩により、動物由来インスリンにかわり、ヒトインスリン製剤の生産が始まったことで、安定したインスリン供給が可能となった。
[北村正樹 2023年9月20日]
インスリンの「単位」
医薬品として使用されるインスリン量は国際基準で統一されており、重量ではなく生物学的力価である「単位」が用いられている。なお「力価」とは、薬物がある一定の効果を発揮するのに必要な量のことであり、インスリン1単位は「健康な体重約2キログラムのウサギを24時間絶食状態にし、そのウサギにインスリンを注射して、3時間以内にけいれんをおこすレベル(血糖値:約45mg/dL)にまで血糖値を下げうる最小の量」と定義されている。また、現在臨床で使用されている製剤は、投与過誤防止のために一部を除き1mL=100単位に統一されている。
[北村正樹 2023年9月20日]
インスリン製剤の種類・分類
精製されたヒトインスリンは、通常、インスリン分子が六つ集まった6量体の形で安定している。しかし、6量体のままでは、投与した皮下から血中へ移行せず、皮下組織中でしだいに希釈・拡散され、時間をかけて2量体または単量体となって毛細血管に入り、そこでようやく効果を発揮するに至る。このように、投与から作用発現までに時間を要する(生理的なインスリン分泌を再現できない)という問題点に対し、現在ではヒトインスリンのアミノ酸配列を変化させるなどのバイオテクノロジーにより、生理的なインスリンとほぼ同じ作用を発揮し、作用発現時間および作用持続時間を調節可能とした「インスリンアナログ」(アナログは「類似物」を意味する)などを含む、さまざまな種類のインスリン製剤が使用されている。
(1)超速効型インスリン(インスリンアナログ)
精製されたヒトインスリン(6量体)のアミノ酸配列を一部変化させることで6量体の形成を抑制し、皮下注射後速やかに血液中に移行するタイプのインスリン製剤。作用発現時間は投与後10~20分で、30分~1.5時間で作用ピークとなり、作用持続時間は3~5時間である。食事の直前に皮下注射することで、インスリンの追加分泌(食後高血糖を抑制するために一時的に分泌されるインスリン)を補充する薬剤として用いられる。投与からの立ち上がりがよい点が特徴である。超速効型インスリンに該当する製剤には「インスリンアスパルト」「インスリングルリジン」「インスリンリスプロ」がある。
(2)速効型インスリン(ヒトインスリン)
精製されたヒトインスリン(6量体)で、皮下注射後、2量体または単量体に分解され血液中に移行するタイプの従来型のインスリン製剤。食事の30分前に注射する。作用発現時間は投与後30分~1時間で、作用持続時間は5~8時間であり、インスリンの追加分泌を補充する基本製剤である。速効型インスリンに該当する製剤としては「インスリンヒト」がある。
(3)中間型インスリン(ヒトインスリン)
おもに速効型インスリンに、タンパク質のプロタミンとよばれる添加物を加え、イソフェンインスリン(neutral protamine hagedorn:NPH)として作用時間を長くした水性懸濁製剤。作用発現時間は投与後1~3時間、作用持続時間は18~24時間であり、インスリンの基礎分泌(安定した血糖値を保つため、1日を通して膵臓から少量分泌されているインスリン)を補充する薬剤として使用される。中間型インスリンに該当する製剤としては「ヒトイソフェンインスリン水性懸濁」がある。
(4)持効型溶解インスリン(インスリンアナログ)
精製されたヒトインスリン(6量体)のアミノ酸配列を一部変化させたインスリンアナログであり、投与後1~2時間で作用が発現し、24時間以上作用が持続するタイプのインスリン製剤。継続使用時に明らかな作用のピークがみられず、皮下からの吸収が遅く、長時間安定した血中濃度を保つことが可能であることから、中間型インスリンと同じく基礎分泌を補充する薬剤として使用される。持効型溶解インスリンに該当する製剤としては「インスリングラルギン」「インスリンデグルデク」「インスリンデテミル」がある。
(5)混合型インスリン
速効型と中間型を混合し、速効型の作用発現の早さと中間型の作用持続性をあわせもつ「ヒトインスリン(混合型/二相性)」のほか、超速効型と中間型を混合し、超速効型の作用発現の早さと中間型の作用持続性をあわせもち、食事をする直前の投与で血糖コントロールが可能な「インスリンアナログ(混合型/二相性)」、超速効型と持効型溶解インスリンを配合し、同じ比率の混合型ヒトインスリンと異なり事前の懸濁操作が不要な「インスリンアナログ(配合)」がある。
該当する製剤として、ヒトインスリン(混合型/二相性)には「ヒト二相性イソフェンインスリン」(速効型:中間型=3:7の割合で混合されている)、インスリンアナログ(混合型/二相性)には「インスリンアスパルト二相性製剤」(超速効型:中間型=3:7、5:5の2種類がある)、「インスリンリスプロ混合製剤」(超速効型:中間型=25:75、50:50の2種類がある)、インスリンアナログ(配合)には「インスリンデグルデク・インスリンアスパルト配合」(超速効型:持効型溶解=3:7)がある。
[北村正樹 2023年9月20日]
注入器具(投与デバイス)
インスリン製剤には、ペン型注入器に装着して使用するカートリッジ製剤、製剤・注入器一体型のキット製剤(プレフィルド製剤)、バイアル製剤があり、患者の適性にあわせて選択されている。
[北村正樹 2023年9月20日]
保存方法
インスリン製剤は原則として冷暗所(2~8℃の冷蔵庫)に保存し、凍結させない。使用開始後のプレフィルド製剤やカートリッジ製剤は遮光のうえ室温保存でよい。
[北村正樹 2023年9月20日]
副作用
インスリン製剤のおもな副作用には、低血糖、浮腫(ふしゅ)、アレルギー、体重増加、リポジストロフィー(皮下脂肪の萎縮(いしゅく)・肥厚など)、抗インスリン抗体産生(血糖コントロール不良)などがある。とくに注意すべき低血糖の症状としては、冷汗、手足のふるえ、ふらつきなどがあり、症状が現れた際は速やかにブドウ糖を含む糖質(飴玉(あめだま)、角砂糖など)を経口摂取する。それがむずかしい場合にはグルカゴン製剤が用いられる。
[北村正樹 2023年9月20日]