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エコランパディウス Oecolampadius, Johann

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エコランパディウス
Oecolampadius, Johann

[生]1482. ワインスベルク
[没]1531.11.23. バーゼル
ドイツの人文主義者,教父学者,バーゼル市の宗教改革指導者。ドイツ名 Hüssgen。ハイデルベルク大学に学ぶ。人文主義に接近し,1515年エラスムスの新約聖書ギリシア語原典出版に協力。 18年アウクスブルク大聖堂付き説教司祭。この頃ルターに共鳴。一時修道院に入るが,脱出して改革運動に従事。やがてバーゼルに移り (1520) ,その円満な人格により当地の改革運動の指導的地位につく。バーゼル大学教授,聖マルチン教会の司祭をつとめる。 22年ツウィングリの盟友となり支援の活動を展開。ベルン,バーゼル宗教改革を実現し,27年バーゼル大聖堂付き牧師に就任。 31年ツウィングリ戦死の報に深い衝撃を受け,翌月死去。

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百科事典マイペディアの解説

エコランパディウス

スイス,バーゼルの宗教改革者。エラスムス,ロイヒリンらと交わった人文学者にしてバーゼル大学教授。ルターに共鳴,ツウィングリとともに改革派教会の確立に尽力した。
→関連項目バーゼル

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世界大百科事典 第2版の解説

エコランパディウス【Johannes Oecolampadius】

1482‐1531
スイスの宗教改革者。人文主義の学者としてロイヒリン,エラスムスらと交友があったが,ルターの感化を受け,1523年以来バーゼルの大学の教授として聖書と神学を講じ,牧師となって改革派教会を確立するために貢献した。神学的著作は少ないが,穏健で正確また包括的な判断をする教会指導者であり,宗教改革の一致をはかり,教会の国家からの自立のために努力した。その思想はカルバンに引き継がれた。【渡辺 信夫

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世界大百科事典内のエコランパディウスの言及

【改革派教会】より

…プロテスタント諸教会の総称として使われる場合もあるが,正確にはとくにルター派に対してカルバン派の教会を指す呼称。スイスと南ドイツの諸都市は,ルター主義と若干の隔りをおく宗教改革をした(ツウィングリ,ブツァー,エコランパディウスら)。これが改革派の源流である。…

※「エコランパディウス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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