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エヒード ejido

大辞林 第三版の解説

エヒード【ejido】

植民地時代のメキシコの村落共同体に属する共有地。現在では、1930年代に実施された土地制度をさす。政府が土地所有権をもち、農民が耕作権と収穫権をもつ。

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世界大百科事典 第2版の解説

エヒード【ejido】

(1)もともとスペインで村の共有地を意味する語で,ラテン語のエクシトゥスexitus(出口)に由来する。集落に隣接して存在し,家畜の囲い場ないし脱穀などの作業場として村人の共同利用に供される。(2)植民地時代のメキシコでは,土着の村落形態にスペインの村落形態をとり入れて再編成した村落共同体,コムニダー・インディヘナが形成された。エヒードはコムニダー・インディヘナに属する共有地の一部をなし,村人(コムニダー・インディヘナの成員)に共同で利用される牧草地あるいは山林であった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

エヒード
えひーど
Ejido

メキシコの土地共有制および共有制村落のこと。植民地時代のメキシコにおいては牧畜用の共同体所有地が認められていたが、1856年のレルド法によって解体された。1910年のメキシコ革命において、サパタが指導する農民革命軍は共同体所有地の復活を要求し、1917年憲法でエヒードの創設を定めた。この制度によって、土地をもたない農民家族あるいは村落に土地用益権が与えられ、前者を個人エヒード、後者を集団エヒードとよんだ(土地所有権は国家にあり、売買はできない)。とくにカルデナス大統領期(1934~40)にこのような農地改革が促進され、現在までに約7000万ヘクタールの土地がほぼ300万農民家族に分配されたといわれている。
 しかし集団エヒードによる農業集団化の成功例は少なく、エヒード農民は事実上零細農民(ミニフンディスタ)化しており、いったん廃絶されたアシエンダ(伝統的大農場)にかわって、ネオラティフンディスモとよばれる近代的大所有地が出現している。その結果メキシコの農業は、このようなネオラティフンディスモ地帯の北部4州を除く半数以上の州で停滞ないし後退しており、農業生産成長率は工業生産に比べて3分の1以下に落ち込んだままになっている。石油に代表される近代的部門の活況とは対照的なこの衰退は、エヒードにかけたメキシコ農民の夢の末路を示すものといえよう。[原田金一郎]

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世界大百科事典内のエヒードの言及

【メキシコ革命】より

…1929年に革命勢力を結集して結成された国民革命党は38年に再編されてメキシコ革命党となり,46年に再び改編されて今日まで政権を保持している〈制度的革命党〉へと発展したが,この一党独裁体制は他のラテン・アメリカ諸国で顕著に発生する軍部による政治への介入を封じる一方,農民,労働者,中産階級の要求をくみ上げる制度として機能し,政治安定の基礎となった。革命の主要な成果の一つであった農地改革はとりわけカルデナス大統領時代(1934‐40)に実施されて,メキシコの伝統的な大土地所有制はほぼ1940年までに崩壊し,代わって土地の共有を基本理念とするエヒード制が新しい土地制度の主力となった。革命は国民的統合を促進し,メキシコ・ナショナリズムを著しく高揚させた。…

【ラテン・アメリカ】より

…その結果,核アメリカ地域では,コムニダーの共有地の私有地化が進行し,コムニダーの土地の繰込みをともなったアシエンダの拡大が顕著になった。それとともに,コムニダー農民の階層分化が進み,零細農化,隷農化が進行したが,メキシコにおいては,メキシコ革命後エヒードとして農村共同体の再建が推進された。カリブ海地域を含む熱帯低地への外国資本の土地投資,農業投資が活発になり,近代的プランテーションが成立した。…

※「エヒード」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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