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エリザベス2世 エリザベスにせいElizabeth II

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エリザベス2世
エリザベスにせい
Elizabeth II

[生]1926.4.21. ロンドン
イギリス女王(在位 1952~ )。フルネーム Elizabeth Alexandra Mary。ジョージ6世の長女。1936年伯父エドワード8世(ウィンザー公)の突然の退位により王位継承者となった。1947年11月20日,遠縁にあたる元ギリシア,デンマーク王族のフィリップ・マウントバッテン伯(エディンバラ公)と結婚。1948年11月14日長男チャールズ,1950年8月15日長女アン誕生。1952年2月6日オーストラリア,ニュージーランド訪問の途中,アフリカのケニアでジョージ6世の急死にあい,急遽帰国し,2日後王位継承を宣言,イギリス国王となった。次いで 1953年6月2日ウェストミンスター寺院で戴冠式を挙行。以後イギリス国王としての多忙な政務のかたわら,イギリス連邦だけではなく諸外国への公式訪問を数多く行ない,1975年5月日本を訪問した。この間 1960年2月19日二男アンドリュー,1964年3月10日三男エドワードが誕生し 3男 1女の母親となったほか,1977年11月アンの男児誕生によって初孫を得た。チャールズとダイアナの離婚後,特にダイアナが死亡した 1997年以降,王室に対する国民感情が悪化したことをうけ,今日的な開かれた君主制を提示しようと試みた。(→ハノーバー朝

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知恵蔵の解説

エリザベス2世

英国の国王。英国と旧植民地諸国15カ国の国家元首と、これらの国々を含む53カ国で構成する英連邦の長を務める。実名は、エリザベス・アレクサンドラ・メアリー。
1926年4月21日、国王ジョージ5世の次男、ヨーク公アルバート王子(後のジョージ6世)の長女として、ロンドン・メイフェア地区の母方の実家で生まれた。36年、ヨーク公の兄で国王のエドワード8世が離婚歴のある米国人女性への求婚を問題視されて退位、ヨーク公がジョージ6世として即位し、王位継承順位1位となる。52年2月6日、ジョージ6世の死により25歳で即位。「国民に親しまれる王室」を目指して精力的に公務をこなし、2015年9月9日、在位期間が63年と216日だった高祖母ビクトリア女王(1819~1901)を抜き、歴代国王の在位最長記録を更新した。英国国王としても最高齢。まじめで穏やかな人柄や、政治的中立を貫く姿勢は国民から根強い支持を得ている。
幼少期から、妹のマーガレット王女と共に家庭教師に学び、父親が国王になった後は、憲政史や法律、ラテン語について勉強し始め、将来の即位に備えた。
13歳で後に夫となる英国海軍士官でギリシャ、デンマーク、ロシア王家の血を引き、ビクトリア女王の玄孫に当たるフィリップ王子と出会い、一目ぼれをする。
第2次世界大戦中の40年、避難先のウィンザー城からBBCの子ども向けラジオ番組で初めて公開演説を行う。45年春、女子国防軍(ATS)に入隊し、二等准大尉となる。幹部訓練コースに参加して軍用車両の整備や運転、地図の読み方などを学ぶ。
47年、エジンバラ公フィリップ王子とロンドンのウェストミンスター寺院で挙式。48年に長男のチャールズ皇太子、50年には長女のアン王女を出産した。その後は60年に次男アンドルー王子、64年に3男エドワード王子が生まれている。
即位後の53年、ウェストミンスター寺院で戴冠(たいかん)式が行われた。沿道には300万人を超す人々が詰めかけ、世界各国にテレビ中継された。
90年代、チャールズ皇太子夫妻の不倫や離婚、アンドルー王子の別居や離婚、アン王女の離婚や再婚といった王室スキャンダルが続出し、97年にダイアナ元皇太子妃がパリで交通事故死した際は、バッキンガム宮殿に半旗を掲げなかったことなどで批判を受けた。国民から厳しい視線が注がれる中、バッキンガム宮殿の一部公開や王位継承制度の改正といった王室改革に取り組んだ。
即位以来、積極的に英連邦諸国や米仏などを外遊し、11年、英国の元植民地で長年対立してきたアイルランドを、37年の同国の独立後に英国国王として初めて、祖父に当たるジョージ5世以来100年ぶりに公式訪問した。双方の争いによる死者に哀悼の意を示し、和解への機運が高まった。
コーギー犬を好むほか、競馬の愛好家としても知られている。

(南 文枝 ライター/2015年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について | 情報

20世紀西洋人名事典の解説

エリザベス2世
Elizabeth Ⅱ


1926.4.21 -
英国国籍。
英国女王。
ジョージ6世の長女で1947年ギリシア王室出身のエジンバラ公フィリップと結婚し、’52年父王の死により即位、’53年盛大な戴冠式が行われる。英国及び英国連邦の首長として公務をこなし世界各国を親善訪問し、英国外交の役割を果たしている。’75年には外交活動の一環として日本を公式訪問している。夫君との間にチャールズ、アンドルー、エドワードの3王子とアン王女がいる。

出典|日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について | 情報

現代外国人名録2012の解説

エリザベス2世
エリザベスニセイ
Elizabeth II


国籍
英国

肩書
英国女王

本名
エリザベス・アレクサンドラ・メアリー〈Elizabeth Alexandra Mary〉

生年月日
1926/4/21

出生地
英国 ロンドン

経歴
ヨーク公(のちの英国王ジョージ6世)と母エリザベス(同エリザベス王妃・皇太后)の第1王女。1936年伯父の国王エドワード8世が離婚歴のある米国人シンプソン夫人との結婚を選んで退位したため、父のヨーク公がジョージ6世として即位。’47年11月20日ギリシャ王室の血を引くフィリップ・マウントバッテン大尉(エディンバラ公)と結婚。3男1女の母となる。’52年2月6日父王の死去により王位継承を宣誓、’53年6月2日戴冠。英国君主として63代目、6人目の女王となる。イギリス連邦の結合の象徴として世界各地を精力的に訪問し、王室外交を推進。’75年5月英国元首として初めて訪日。’86年10月訪中。’97年9月ダイアナ元妃の葬儀では生中継のテレビに出演し、異例のスピーチをした。2002年2月6日在位50年を迎える。2007年12月20日英国史上最高齢の君主となる。2010年ローマ法王ベネディクト16世と公式会談、カトリックと英国国教会の470年ぶりの和解となる歴史的出来事となった。2011年5月英君主として100年ぶりにアイルランドを訪問。その気品と勤勉さから国民の人気は高い。

出典|日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について | 情報

367日誕生日大事典の解説

エリザベス2世

生年月日:1926年4月21日
英国女王

出典|日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について | 情報

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