オゴデイ(その他表記)Ögödei

山川 世界史小辞典 改訂新版 「オゴデイ」の解説

オゴデイ
Ögödei

1186~1241(在位1229~41)

モンゴル帝国の第2代皇帝廟号は太宗。チンギス・カンの第3子。即位後ただちに総力をあげてを滅ぼし,その後,新都カラコルム建造駅伝の設置,人口調査と税制施行,モンゴル王族による華北分割統治の確立など帝国の基礎を整えた。辺境防備のためのタマチ軍の派遣,南ロシアと南宋への遠征軍の派遣も行い,版図の維持と拡大をめざした。彼の帝位を継いだ長子グユクが急死すると,帝位はトルイ家のモンケへ移った。従来,中央アジアのオゴデイの所領はオゴデイ・ハン国として存続したと考えられていたが,現在では,モンケの厳しい粛清によりオゴデイ家は解体してしまい,オゴデイ・ハン国は存在しなかったとする説が有力である。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「オゴデイ」の意味・わかりやすい解説

オゴデイ
Ogödei

[生]1186
[没]1241
モンゴル帝国第2代の皇帝 (在位 1229~41) ,廟号は太宗。諡は英文皇帝。太祖チンギス・ハンの第3子。太宗6 (34) 年を討滅し淮河以北を領有,再度高麗を征し屈服させ,同7年オルホン河畔に帝都カラコルム (和林)を築き,同8年バトゥ (抜都)を西征させ,帝国領をロシアまで広めた。また占領地域を中国,トルキスタンイランに分け,ダルガチ (達魯花赤)をおいて支配し,戸口調査のうえ新税制を定め,帝都と地方とを一体化するため駅伝制 (→ジャムチ ) を拡充整備した。

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