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オーストリア=ハンガリー帝国 オーストリア=ハンガリーていこくEmpire of Austria-Hungary

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オーストリア=ハンガリー帝国
オーストリア=ハンガリーていこく
Empire of Austria-Hungary

1867年のアウスグライヒによってオーストリアハンガリーに成立した帝国 (1867~1918) 。プロシア=オーストリア戦争の結果,ドイツからの敗退によって,オーストリアの国内情勢は急迫し,67年フランツ・ヨーゼフ1世のもと,オーストリア・ドイツ人はハンガリーのマジャル人貴族と妥協してハンガリー王国の建設を許し,オーストリア皇帝がハンガリー王位を兼ねる同君連合の二重帝国の成立をみた。以後オーストリアは,産業国として発展するために,87年外見的立憲主義を採用したが,工業化の進歩と国内諸政党の勢力増大の影響のもとに,1907年には普通選挙が施行された。しかも民族問題は,オーストリアにとって依然最大の悩みであり,ドイツ人とスロベニア人,チェコ人との間の抗争が絶えなかったが,政府は議会を停止してこれらの要求にこたえようとしなかった。外交上では,三国同盟の一員として,バルカン半島で汎ゲルマン主義を推進し,その強引な政策は 08年ボスニア=ヘルツェゴビナ併合となって現れ,ロシアとセルビアの恨みを買った。次いで 12~13年のバルカン戦争により国際関係はますます激化,ついに第1次世界大戦を招くにいたった。 18年軍の敗退と,国内異民族の離反は,オーストリアを単独休戦条約調印に追込み,同時に革命が起ってハプスブルク家は倒れ,共和制が宣言された。 19年9月,サンジェルマン条約により,オーストリア=ハンガリー帝国は正式に崩壊して,ハンガリー,チェコスロバキアがそれぞれ独立し,ポーランド,ルーマニア,ユーゴスラビアにも土地を割譲したので,オーストリアは領土も戦前の4分の1の小国となり,軍備制限と多額の賠償義務を負うにいたった。

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