改訂新版 世界大百科事典 「カエデ」の意味・わかりやすい解説
カエデ (楓)
maple
Acer
カエデ属樹木の総称。カエデは蛙手(かえるで)で,最もふつうに見られるイロハモミジやオオモミジの掌状に分かれる葉をカエルの手になぞらえたもの。モミジともいうが,これは紅葉するという意味の〈もみず〉からきており,秋に紅葉する植物の代表であるカエデ類を指すようになった。カエデは漢字でよく楓の字があてられるが,中国で楓とはマンサク科のフウのことで,カエデ類はふつう槭という。フウは日本には自生しないが,葉形がややカエデ類に似ているので,両者を混同したのであろう。しかしフウは葉が互生するので,対生のカエデ類とは簡単に区別できる。
カエデ属の野生種
日本は北半球温帯域では最もカエデ属の種が多く,温帯林の主要構成種の一つになっている。日本にみられる主要なカエデの種には次のようなものがある。
(1)イロハモミジ(別名イロハカエデ)A.palmatum Thunb.(英名Japanese maple) 庭園などに最もよく植えられているカエデで,多数の園芸品種がある。大きいものでは樹高15m,直径1mになる。葉は小型で掌状に5~7裂し,粗い重鋸歯がある。雌雄同株。和名は葉の裂片を端からイロハニホヘトと数えることからきている。京都の紅葉の名所,高雄にちなんでタカオモミジとも呼ばれる。福島および福井以西の本州,四国,九州,朝鮮南部,中国東部に分布する。近縁種が東アジアからヒマラヤ地方にかけて約30種あり,北アメリカ西部にも1種が分布する。日本にはおもな種類として次のものがある。オオモミジA.amoenum Carr.は葉がイロハモミジよりやや大きく,おもに7裂し,細かい単鋸歯をもつ。北海道から九州まで分布。変種のヤマモミジvar.matsumurae(Koidz.)Ogataは葉が7~9裂し,鋸歯が粗く,しばしば重鋸歯になる。青森県から石川県までの日本海側山地に分布。イロハモミジやオオモミジも俗にヤマモミジと称されることがあるが誤りである。ハウチワカエデA.japonicum Thunb.(英名fullmoon maple)は葉が掌状に9~11裂し,このグループの中では最も大きい。花もカエデの中では大きい方で,直径1cmほどあり,紅色の萼片が美しい。和名は葉を天狗の羽団扇(はうちわ)になぞらえたもので,メイゲツカエデ(名月楓)ともいう。北海道,本州の温帯~亜寒帯の下部山地に分布し,北海道でよく庭園樹に用いられる。
(2)イタヤカエデA.mono Maxim.(英名painted maple) シベリア東部,サハリン,中国東北部,朝鮮,日本の広い範囲にわたって分布するカエデで,葉は掌状に3~9裂するが,鋸歯がないのが特徴である。樹高25~30m,直径1mの高木になる。雌雄同株。秋黄葉する。エゾイタヤvar.mono(シベリア~北海道,本州日本海側に分布),アカイタヤ(別名ベニイタヤ)var.mayrii Koidz.(北海道,本州日本海側),エンコウカエデvar.marmoratum(Nichols.)Hara(本州,四国,九州),オニイタヤvar.ambiguum(Pax)Rehder(北海道南部~九州)など数変種に分けられる。木材は淡紅白色を示し,絹糸様の光沢があって美しい。気乾比重約0.67,緻密(ちみつ),強靱で,床板,運動具(スキー板,ラケット枠,ボウリングのピンなど),楽器(バイオリンの裏板,ピアノのアクション部品)などに賞用され,日本の主要広葉樹材の一つである。
(3)ウリハダカエデA.rufinerve Sieb.et Zucc. 樹皮が暗緑色でウリ(瓜)の肌に似ている。雌雄異株。本州,四国,九州の山地に普通にみられる中高木。樹皮はじょうぶで荷縄,蓑,箕(み)に利用された。木材は淡黄白色,イタヤカエデよりは軽軟で,東北地方ではこけしに用いられる。東アジアに近縁種が多く,北アメリカにも1種ある。日本には次の種類を含め7種がある。ウリカエデ(別名メウリノキ)A.crataegifolium Sieb.et Zucc.は福島以西の本州,四国,九州の低山地に分布する小高木。樹皮はウリハダカエデと同様に暗緑色。ミネカエデA.tschonoskii Maxim.は南千島,北海道,本州中部地方以北の亜高山帯に分布する小~中高木。秋紅葉する。本州,四国,九州の温帯にあるコミネカエデA.micranthum Sieb.et Zucc.はミネカエデに似るが,葉,花,果実が小さい。
(4)ハナノキA.pycnanthum K.Koch 岐阜,長野,愛知3県にまたがる恵那山山麓地方と長野県北西の居谷里(いやり)湿原にのみ自生する。北アメリカ東岸地方に広く分布するアメリカハナノキA.rubrum L.(英名red maple)ときわめて近縁で,その変種とされることもある。雌雄異株。4月はじめ葉に先立って多数の紅色の小花が咲き美しい。また秋美しく紅葉する。果実は5月中ごろに熟し,秋に熟する他のカエデ類と異なっている。大きいものは樹高25m,直径1mに達し,天然記念物に指定されているものがある。最近は庭園樹として育てられるようになった。
(5)オガラバナA.ukurunduense Trautv.et Meyer 亜高山帯山地に生育する小~中高木。雌雄同株。6~7月ごろ,淡黄白色の多数の小花が上向きの穂状花序に咲くのでホザキカエデともいう。シベリア南東部~朝鮮,サハリン,千島,北海道,近畿地方以北の本州に分布。近縁種が中国~ヒマラヤ,北アメリカ東岸部に1種ずつある。またテツカエデA.nipponicum Hara(本州,四国,九州に分布),マルバカエデ(別名ヒトツバカエデ)A.distylum Sieb.et Zucc.(本州近畿以北)もオガラバナのやや近縁と思われる。
(6)チドリノキ(別名ヤマシバカエデ)A.carpinifolium Sieb.et Zucc.(英名hornbeam maple) 山地の沢沿いにみられる小高木。葉がカバノキ科のシデ属に似た楕円形で,多数の側脈が平行に走る。雌雄異株。本州,四国,九州の温帯に分布。日本特産で,世界に近縁種がない。和名は翼のある果実をチドリにみたてたもの。
(7)トウカエデA.buergerianum Miq. 唐楓の名が示すように原産地は中国東南部と台湾で,18世紀初めに渡来した。落葉中高木。幹は凹凸が著しく,樹皮は褐色で薄片状にはげる。じょうぶな木で,最近は街路樹に多く用いられる。園芸品種も多い。
以上のほかに日本には3出複葉をもつミツデカエデA.cissifolium(Sieb.et Zucc.)K.Koch(本州,四国,九州に分布)およびメグスリノキA.nikoense Maxim.(同),早春の花が美しいオニモミジA.diabolicum Bl.ex K.Koch(同),葉がアサの葉に似たアサノハカエデA.argutum Maxim.(本州,四国),山中の湿地によくみられるカラコギカエデA.aidzuense(Franch.)Nakai(北海道~九州)などがある。
カエデ属Acerは北半球の温帯を中心に約160種が分布し,街路樹や庭園樹として賞用されるほか,大木になるものには有用材を産出するものも多い。また北アメリカに分布するサトウカエデは春に樹幹に切傷をつけ,流出する樹液を煮つめてカエデ糖を採取する。イタヤカエデの樹液も1.3~1.8%の糖を含む。セイヨウカジカエデA.pseudoplatanus L.(英名sycamore)は北ヨーロッパとイギリスを除くほとんど全ヨーロッパに分布するカエデで,イギリスではシカモアと呼ばれる。樹高30m,直径2mに達する。その材はイタヤカエデやサトウカエデと同様に優秀で広い用途があるが,中でもバイオリンの側板および裏甲板としての特用があり,ストラディバリなどの名器をはじめ,今日でも高級バイオリンにはすべてこの材が用いられている。とくに鳥眼杢(ちようがんもく)(bird's eye)といわれる鳥の目状の杢のある板が賞用される。ちなみに表甲板にはマツ科トウヒ属の材が用いられる。北アメリカに広く分布するトネリコバカエデ(ネグンドカエデ)A.negundo L.は3~9小葉の複葉をもち,カエデとしては例外的に挿木が容易で生長が早く,日本でも庭園や街路樹としてよく植えられている。ただし材質は劣る。コブカエデA.campestre L.は枝にコルク質の隆起をもつためこの名がある。ヨーロッパに広く分布し,イギリスに自生する唯一のカエデでもある。大高木にはならないが,じょうぶで垣根によく用いられ,ウィーン郊外にある旧オーストリア皇帝の夏の宮殿の生垣はよく知られている。日本でも庭園などでみることがある。
執筆者:緒方 健
園芸品種
日本にはカエデ属の多くの野生種があり,そのうちの数種から,繊細な美しさを有するカエデ類の園芸品種が育成されている。
イロハモミジはそのうちで最も園芸品種が多い。葉が小型で矮性品種の八房(やつぶさ)性は盆栽や鉢植えに適する品種群である。江戸時代より伝わる八房と新しく司八房,池田八房,秩父八房,鹿島八房など実生変異で生じた園芸品種がある。また,新芽や紅葉の美しい清姫,玉姫,出猩々(でしようじよう)などの品種がある。新しい葉を観賞するものに春の芽出しが鮮紅色の赤地錦,千染(ちしお),出猩々,黄色く萌芽するうこん,葉先のみが紅になる爪柿(つまがき)などがある。錦と名の付いた品種は斑入葉が多く,錦葉ものとも呼ばれ,斑入葉の鮮やかな変化を見る日笠山,織殿錦(おりどのにしき),小紋錦,限り錦などがある。斑入葉は江戸後期に流行した品種群で現代まで伝わり,新しい品種も生まれている。
オオモミジの園芸品種も多く,斑入葉もあるが,庭木として植えられている野村カエデは,春,葉の萌芽したときは紅紫色で,夏には緑色になる。秋の紅葉が美しい大盃(おおさかずき)は紅葉後も長く枝に残り,紅葉が黄色になる一行寺(いちぎようじ)などと混植するとよい。〆の内(しめのうち)は葉が全裂し線形で3裂や5裂,7裂などになり,七五三とも呼ばれる。
ヤマモミジの品種の紅枝垂(べにしだれ)群には,手向山(たむけやま)(葉が全裂して裂片が羽状で細かく,枝はやや垂れる)や稲葉(いなば)枝垂,外山(とやま)などがあり,青枝垂群には切錦(きれにしき),鷲の尾(わしのお),関守などがある。そのほかの種に属する園芸品種には,ウリハダカエデの斑入葉に初雪楓(萌芽期に白く斑が入る)や,京錦とよぶ黄斑の品種があり,イタヤカエデには星宿り(黄色の散斑で鮮やかなもの),常盤(ときわ)錦(白斑のもの),エンコウカエデの斑入品で秋風(しゆうふう)錦などがある。
ハウチワカエデに,葉が深裂してクジャクの羽に似ているところから舞孔雀(まいくじやく)の名が付けられている変り葉の品種があり,このような変化葉はほかのカエデ類にもあり,置霜(おきしも),獅子頭(ししがしら),羽衣などは奇形の葉を賞するものである。
トウカエデは緑陰樹として植えられているが,盆栽とされる。通天(つうてん)や,宮様楓(別名マルバカエデ),丹鳥楓,東洋錦などの変形葉や斑入葉などの園芸品種が栽培されている。
カエデ類の園芸品種の繁殖は接木を2~3月におこなうのが普通であるが,台木には同一系統の種類を選ばなければ活着しない。挿木は幼苗より採穂したものは活着しやすいが,成木の枝は発根率は悪い。移植は落葉直後の初冬が適し,次に萌芽前の春に植え付けるのがよい。
執筆者:中村 恒雄
伝承
イギリスにはシカモア(セイヨウカジカエデ)に関し,次のような伝承がある。昔,ドーバー郊外で仲間を撲殺した守備隊の兵士が,凶器として使用したシカモアの棒を現場に突きさし,〈万一この棒に根がはえることがあれば友人殺しの罪を告白します〉と神に約束した。数年後に現場へ帰ってみると,棒が根づいていたため,兵士は罪を告白して絞首刑になったという。同地にあるシカモアの古木〈孤独の木Lone tree〉は,そのときの棒だと伝えられる。またイギリスでは豊饒(ほうじよう)のシンボルとして崇拝され,五月祭にはイバラとともに家の戸口に飾られる。花ことばは〈愛と豊饒〉。
執筆者:荒俣 宏
カエデ科Aceraceae(英名maple family)
双子葉植物で,すべて木本性。カエデ属Acerとキンセンセキ属(金銭槭属)Dipteroniaの2属からなる。キンセンセキ属はわずか2種で,中国の中部から南部にのみ分布する落葉小高木である。カエデ属は約160種を含み,おもに北半球の温帯に分布する。中国からヒマラヤにかけて約90種あり,次いで日本に26種,ヨーロッパに13種,北アメリカに13種ある。ほとんどは落葉樹だが,アジアの亜熱帯~熱帯には常緑のものがある。
葉は対生し,多くは単葉であるが,若干種では3出複葉または羽状複葉。雌雄異株または同株。花は一般に淡黄色~黄色の小花で,花弁および萼片はともに通常5で,おしべは4~12本だが,多くは8本。子房上位。果実は翼果で,翼が左右に竹とんぼ状に伸びる。ただしキンセンセキ属では翼が種子の周囲をまるく囲む。落葉するものでは秋美しく紅葉または黄葉するものが多いし,新葉の美しいものもあり,観賞用に庭園,公園,街路樹として植えられる。北アメリカのサトウカエデ,日本のイタヤカエデ,ヨーロッパのセイヨウカジカエデなどの材は良材で,建築,家具,運動具,楽器などに賞用する。サトウカエデの樹液からはカエデ糖をとる。
執筆者:緒方 健
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報