カストリア(英語表記)Kastoriá

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カストリア
Kastoriá

ギリシア北部,マケドニア地方西部の都市。セサロニキの西約 150km,アルバニアとの国境に近い山間盆地にあるカストリア湖西岸に位置する。毛皮加工・取引の中心地で,市名は長い間その毛皮によって市の経済を支えてきたビーバー (ギリシア語でカストリ) に由来するものと考えられる。現在の毛皮工業はミンクが中心。市内にはビザンチン時代以降の聖堂が多数復元されて保存されており,聖堂建築とフレスコ画の研究中心地の一つとなっている。人口1万 5605 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

カストリア(Kastoria/Καστορια)

ギリシャ北西部、マケドニア地方の町。オレスティアダ湖(カストリア湖)西岸の岬に位置する。古くから毛皮産業が盛ん。戦略上、交易上の要地として栄え、東ローマ帝国ブルガリア帝国の間で領有をめぐる争いが続いた。14世紀末以降、オスマン帝国領。第一次バルカン戦争後よりギリシャ領。アギオスステファノス教会、パナギアクベリディキ教会をはじめ、後期ビザンチン様式の教会が多数見られるほか、オスマン帝国時代の豪商の邸宅などが残っている。

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世界大百科事典 第2版の解説

カストリア【Kastoría】

ギリシア北西部マケドニア地方西部の同名県の県都。古代名ケレトロン。カストリアスKastorías湖西岸に位置する。人口1万7133(1981)。住民の多くが伝統の毛皮加工業に従事している。中世にはビザンティン帝国の一地方都市として栄えたが,10世紀にはブルガリア帝国の,また11世紀には十字軍の支配下におかれるなど,波乱の歴史を経てきた。1386‐1913年オスマン帝国に属する。ビザンティン芸術の宝庫としても知られ,聖堂は一時72を数えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カストリア
かすとりあ
Kastora

ギリシア北部、マケドニア地方西部のカストリア県の県都。カストリア湖(別名オレスティアス湖)西岸に位置する。人口1万6200(2003推計)。木材、毛皮の集散地。ノルマン、フランク、セルビアの侵略を受け、15世紀中葉よりオスマン・トルコ帝国の支配下に入り、交易上の要地として栄えた。11世紀のパナヤ・クベリディキ教会などのビザンティン時代の教会や、オスマン・トルコ支配時代の大商人の屋敷など、独特の建築物が多い。付近に古代の都ケレトロンKeletronの遺跡がある。[真下とも子]

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