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カピタン カピタンCapitant, Henri

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カピタン
Capitant, Henri

[生]1865.9.15. グルノーブル
[没]1937.9.21. アラニェ
フランスの法学者。パリ大学教授。 1931年来日。主著はフランス民法の最も基本的な教科書として位置づけられている『民法研究緒論』 Introduction à l'étude du droit civil (1929) ,『民法講義』 Cours de droit civil (29,A.コリンと共著) がある。

カピタン
Capitant, René

[生]1901.8.19. イゼール,ラトロンシュ
[没]1970.5.23. セーヌ,シュレーヌ
フランスの法律家,政治家。 H.カピタンの息子。 1929年ストラスブール大学教授。早くからナチズム運動の危険を説き,37年反ファシスト知識人監視委員会を組織した。のちレジスタンスに参加。 44~45年 11月ドゴール将軍の臨時政府文部大臣。以後ドゴール左派として活躍。 51年パリ大学教授。 57年日仏会館長として来日,60年帰国した。 62年政界に復帰し,68年6月ポンピドー内閣司法大臣となり,69年4月辞任。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

カピタン Capitant, Henri

1865-1937 フランスの法学者。
1865年9月15日生まれ。母校グルノーブル大やパリ大で教授をつとめ,私法学をおしえる。日仏文化交流に関心をもち,昭和6年(1931)パリの日仏会館の要請をうけて来日。東京帝大,東北帝大で学術講演をおこなった。1937年9月21日死去。72歳。グルノーブル出身。

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世界大百科事典 第2版の解説

カピタン【capitaõ[ポルトガル]】

ポルトガル語で長をさし,甲必丹,甲比丹の字を当てる。江戸時代,マカオ~長崎間のポルトガル貿易に最高の権限を持ち,マカオ滞在中は同地の最高の行政官,長崎ではポルトガル人の代表を務めたのがカピタン・モーロcapitaõ‐morである。このカピタンの名称は,そのまま他の外国人にも用いられ,中国人の代表は甲必丹(カピタン),オランダ商館長も〈阿蘭陀甲必丹オランダカピタン)〉と呼ばれた。平戸に商館があった時代(1609‐40)には,長期間在任したオランダ商館長も多かったが,1640年(寛永17)11月,大目付井上筑後守が将軍徳川家光の密命を受けて平戸を視察し,商館の一部の建物の取壊しを命じた際,日本人キリスト教を広めないため,商館長の毎年交代を命じ,商館も翌年長崎出島に移された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カピタン
かぴたん

元来は船長などを意味するポルトガル語のCapitoから生まれた語。鎖国前には日本人船長などにも用いられ、加飛丹、甲毘旦、甲必丹などの名称でよばれていたが、鎖国に入って以後はもっぱら長崎出島の商館すなわち阿蘭陀(オランダ)屋敷の長官Opperhoofdの役を勤める者を一般に日本人が甲比丹と呼称する習わしとなった。[箭内健次]

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