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カールスルーエ Karlsruhe

百科事典マイペディアの解説

カールスルーエ

ドイツ,バーデン・ビュルテンベルク州,フランス国境近くの都市。機械,車両,食品加工,製油などの工業が行われる。運河でライン川に連絡。憲法裁判所,最高裁判所,原子力研究所,工業大学(1825年創立)がある。マルセイユからインゴルシュタットに至るパイプラインの経由地。1715年当時の領主バーデン辺境伯カール・ウィルヘルムの計画によって建設された城館を中心とする放射状道路網と幾何学的な街並で知られる。29万7500人(2011)。

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世界大百科事典 第2版の解説

カールスルーエ【Karlsruhe】

ドイツ南西部,バーデン・ビュルテンベルク州北西部のライン川に接する地方中心都市。人口27万7000(1995)。バーデン辺境伯,のちのバーデン大公の城館(現,州立博物館)が市の中心にあり,市街はこの城館の南側にひろがっており,北側は緑地帯である。都市づくりは,城館の建築も含めて,辺境伯カール・ウィルヘルムの下で1715年に始まったもので,カールスルーエとは〈カールの安らぎ〉の意である。その後バーデンの主都として発展。

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大辞林 第三版の解説

カールスルーエ【Karlsruhe】

ドイツ南部、ライン川の東岸に接する都市。計画的に作られた放射同心円状の形態をもつ都市として有名。機械工業が盛ん。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カールスルーエ
かーるするーえ
Karlsruhe

ドイツ西南部、バーデン・ウュルテンベルク州の都市。人口27万8600(2000)。ライン川右岸の沖積地に位置し、市域の南北には広大な森林地帯がある。絶対王制期の計画的都市の代表例にあげられる市街は、1715年バーデン辺境伯カール・ウィルヘルム(在位1709~38)が狩猟用の館(やかた)を建設したことに起源をもつ。背後に広大な庭園をもつ館を中心に、32方向に放射状の道路がつくられ、市街地は館の前面に配置された。連邦最高裁判所、同憲法裁判所のほか、河川工学・食品などの連邦研究機関、各種州機関、総合大学、音楽大学など教育機関が立地する。また、西部のライン河港には石油精製を中心に各種工業が立地し、北部の森林地帯には連邦政府の原子力研究センターもある。[朝野洋一]

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