コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

キルヒナー キルヒナー Kirchner, Ernst Ludwig

9件 の用語解説(キルヒナーの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キルヒナー
キルヒナー
Kirchner, Ernst Ludwig

[生]1880.5.6. アシャッフェンブルク
[没]1938.6.15. ダボス近郊
ドイツ表現主義の画家。 1901~05年ドレスデン工業学校で建築を学ぶ。同地で E.ヘッケルと知合い,05年 K.シュミット=ロットルフ,F.ブライエルら4人で「ブリュッケ」を創設。ドイツ中世の木版画や日本の浮世絵版画から受けた影響が,線と広い平面を使用する画面によく現れ,特に版画に顕著である。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

キルヒナー
キルヒナー
Kirchner, Friedrich

[生]1848
[没]1900
ドイツのカトリック哲学者。質料的なものを精神的なものの現象とする観念的実在論を唱えた。哲学辞典"Wörterbuch der philosophischen Grundbegriffe" (1886) の著者。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

キルヒナー
キルヒナー
Kirchner, Timotheus

[生]1533.1.6. デルシュテート
[没]1587.9.14.
ドイツのルター派の神学者。イェナ,ヘルムシュタット,ハイデルベルク各大学教授を歴任。 1583年にルター派であるという理由で大学を追放されると,翌年からワイマールの地方総監督に就任。数多くの神学の調停書を発表し,ルター派の教理問答を広めた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

キルヒナー(Ernst Ludwig Kirchner)

[1880~1938]ドイツの画家。表現主義運動の端緒をなすブリュッケ派の中心的画家の一人。木版画にも優れた。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

キルヒナー

ドイツ表現主義の画家。アシャッフェンブルク生れ。新印象主義から出発,1905年ドレスデンでヘッケル,シュミット・ロットルフらと芸術団体ブリュッケを結成し,表現主義運動を進めた。
→関連項目シュミット・ロットルフヘッケル

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)の解説

キルヒナー

ドイツのオルガニスト、作曲家。ザクセン地方ノイキルヒェンに生まれ、8歳ですでにオルガンの名手であった。
38年にライプツィヒに移り、メンデルスゾーンシューマンに会う。ヴィンタートゥールにてオルガニス ...続き

出典|(社)全日本ピアノ指導者協会
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

キルヒナー【Ernst Ludwig Kirchner】

1880‐1938
ドイツ表現派の画家。アシャッフェンブルクに生まれる。1905年に画家集団ブリュッケ(橋)を結成。中世木版画やアフリカの原始彫刻を発見し,仲間との共同生活を通して,素朴で奔放な姿態の裸体画を描き,また色彩を平面的に解放する。ベルリンに出てからの娼婦群像には,大都会の消耗性が研ぎ澄まされた形で様式化されている。第1次大戦の際応召し,軍隊生活で神経を患いスイスへ移住。象徴的な風景画を描いた。大戦の再発を予感し自殺。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

キルヒナー【Ernst Ludwig Kirchner】

1880~1938) ドイツの画家。第一次大戦後の芸術界を支配した表現主義運動推進者の一人。精神的体験を強く表出した作風が特徴。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

キルヒナー
きるひなー
Ernst Ludwig Kirchner
(1880―1938)

ドイツの画家。5月6日アシャッフェンブルクに生まれる。1901~05年ドレスデンで建築を学ぶ。この間03~04年ミュンヘンの画家オプリストHermann Obrist(1863―1927)について絵画を学んだ。05年ドレスデンで同学の友ヘッケル、シュミット・ロットルフらと表現主義の最初のグループブリュッケ(橋)」派を結成し、そのリーダーとして活躍する。奔放多彩な初期の絵にはムンクゴーギャンおよび黒人彫刻の影響が強い。
 1911年ベルリンに移住し、閉鎖的なコンポジションと鋭角的なフォルムによる大都会の街頭風景画に新機軸を生む。第一次世界大戦に従軍して結核となり、17年以後スイスのダボスのサナトリウムにあってアルプスの山岳風景を描く。この時期には形態の抽象化が目だつ。ナチスにより退廃芸術家の烙印(らくいん)を受け、38年6月15日自殺した。木版画にも優れている。[野村太郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のキルヒナーの言及

【表現主義】より

…ムンクの《叫び》(1893)は表現主義芸術の先駆的かつ象徴的な作品であり,それを含む〈生命のフリーズ〉連作は1902年のベルリン展で多大の反響を呼び,世紀末芸術の装飾性を打ち破る表現主義美術運動に大きな刺激を与えた。運動の担い手となったのは,05年にドレスデンで結成されたキルヒナーらの〈ブリュッケ(橋)〉派と11年にミュンヘン新芸術家協会から分離したカンディンスキー,マルクらの〈ブラウエ・ライター(青騎士)〉派である。〈ブリュッケ〉派は無垢な自然を対象に赤裸な生命の表現を志し,その源泉を中世の古版画と民俗博物館の未開人彫刻や仮面に求め,フランスのフォービスムと類似の野性的な様式を発展させた。…

【リトグラフ】より

…20世紀に入るとフランスの石版熱は鎮静するが,代わって1920年代にはドイツが石版制作ブームの舞台となる。〈ブリュッケ〉の画家たち,キルヒナーやノルデらが,色刷木版画風の様式で色刷石版画に表現主義的効果を持ちこんだ。グロピウスのバウハウスも,クレー,カンディンスキー,ファイニンガーらの石版画集を刊行した。…

※「キルヒナー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

キルヒナーの関連キーワードアシャッフェンブルクオッフェンバッハニンフェンブルク城マリエンブルク城ヨハネスブルク城レーウェンブルク城坂崎乙郎ニュンフェンブルク宮殿アシャッフェンブルク,G.ダブルシャッフル (double shuffle)

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

キルヒナーの関連情報