クドキ(口説) (くどき)
歌謡・音楽用語。くり返して説くという意味の動詞〈くどく〉の名詞化で,一般に慕情,哀愁などを表現する個所をいう。(1)平曲で,旋律的な動きが少なく,語るような口調でうたう個所。《那須与一》の〈去るほどに阿波(あわ)讃岐(さぬき)に……〉などが例。(2)謡曲で,懐旧,傷心などの情を,拍子に合わない語りの口調であらわす個所。平曲の影響を受けたもので,主としてシテが謡う。《隅田川》の〈今まではさりとも逢わんを……〉,《俊寛(しゆんかん)》の〈この程は三人一所(いつしよ)にありつるだに……〉などが例。(3)浄瑠璃で,主人公がしんみりと真情を訴える個所。平曲・謡曲のクドキに,祭文(さいもん)や説経節の影響も加わり洗練された。義太夫節では《近頃河原達引(ちかごろかわらのたてひき)》の〈そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さん……〉など,常磐津節では《積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)》の〈わたしもその時母上の……〉など,清元節では《道行旅路の花聟(みちゆきたびじのはなむこ)》(落人(おちうど))の〈それその時のうろたえ者には……〉など,新内節では《蘭蝶(らんちよう)》の〈縁でこそあれ末かけて……〉などが例。いずれも,抒情的・詠嘆的な詞章と旋律が特徴で,曲の聴きどころである。人形浄瑠璃や歌舞伎の義太夫狂言では,人形,俳優の動きが律動的・舞踊的にできているため一つの見せ場といえるし,常磐津,清元などの舞踊劇では構成の1単位として最も心持本位のくだりとなっていて,ゆったりしたテンポで踊手の姿態を鑑賞する個所である。(4)長唄で,《京鹿子娘道成寺(きようがのこむすめどうじようじ)》の〈恋の手習つい見習いて……〉などが例。浄瑠璃のクドキに通ずるもので,舞踊の場合も常磐津,清元のクドキと同様の性質を持つ。(5)民謡・流行歌の一種。長編の歌物語で,盲法師,瞽女(ごぜ)などの芸能者によって広まり,歌念仏,門(かど)説経などの流行にともなって発達,桃山時代の〈くどき木遣(きや)り〉をはじめ多くの種類が生まれた。江戸時代には,盆踊などに用いる〈踊口説(おどりくどき)〉や,心中などのニュース事件をうたった越後の〈心中くどき〉など各種の〈口説節〉が流行している。
執筆者:松井 俊諭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
クドキ
日本音楽の用語。「口説」「くどき」とも書く。楽曲の構成単位の様式的特色を示す名称でもあり,歌謡,民謡の種目名または曲名としても用いられる。本来,同じような旋律の繰返しによる朗誦,あるいは同じ音数律を繰返す長編の物語的な叙唱についていったものと思われるが,現在では種目により少しずつ異なる用いられ方をしている。 (1) 平曲では,あまり旋律的でない説明的な朗誦形式の曲節名称となっていて,「下ゲ」を経て「三重」などの旋律的な歌唱部分に続く。 (2) 能では,非拍節リズムの「サシ」に近い歌い方で,低音域であり,音数律は定まっていない叙唱部分の名称で,詠嘆的な表現内容の小段をいう。 (3) 浄瑠璃では,慕情,傷心などの表現内容の旋律的な歌唱部分の曲節名称。 (4) 義太夫節では他種目の曲節を取入れた「サワリ」の形式でもあることから,俗にサワリともいう。 (5) 歌舞伎舞踊音楽では,その見せどころの中心となる「中端」の部分で,「仕抜・口説・踊り地」という構成の中心となる段落をいい,原則として打楽器の囃子は入らない。 (6) 江戸時代の歌謡および民謡においては,物語形式の長編の叙事的な歌謡で,定数律の繰返しであることが多いものをいい,場合によっては音頭形式に発展するものもある。そのほか木遣歌 (くどき木遣) ,盆踊歌 (踊口説,踊音頭) ,瞽女歌 (越後くどきなど) ,あるいはそれらの影響による民謡 (八木節,琉球の上り口説など) にみられる。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
くどき
日本音楽用語。「口説」「詢」「クドキ」とも書く。平曲、謡曲、浄瑠璃(じょうるり)などの楽曲構成単位を示す語でもあり、民謡、歌謡の形式名、曲名にも用いられる。
(1)平曲 ことばに近い単調な旋律をもつ朗唱的曲節の名称で、段落の冒頭に用いられることが多い。曲節中もっとも出現頻度が高い。
(2)謡曲 シテやツレ、子方などが慕情や傷心を述べる詠嘆的な内容の小段をさす。低音域を主体とした弱吟(よわぎん)で拍子不合(ひょうしあわず)。普通は囃子(はやし)を伴わない。
(3)義太夫節(ぎだゆうぶし) 一段のなかほどで女性が心情を吐露する部分で、一つの頂点をつくる。「サワリ(サハリ)」ということもある。
(4)豊後節(ぶんごぶし)系浄瑠璃、長唄(ながうた) 曲の中ほどで数人で分担して演唱する詠嘆的な旋律をさし、曲の聞かせどころとなる。また所作事(しょさごと)を伴う場合は、同時に踊りの見せ場にもなる。鳴物(なりもの)は原則として入らない。
(5)民謡、歌謡 江戸時代の叙事的な長編歌謡をさし、それが他の曲種と結び付いて「木遣(きやり)口説」「踊(おどり)口説」「越後(えちご)口説」などになる。また沖縄の口説(くどうち)は江戸時代に本土から伝えられたもので、三線(さんしん)の弾きうたいによる。『上り口説』が有名である。
[由比邦子]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
世界大百科事典(旧版)内のクドキの言及
【沖縄[県]】より
…面積=2266.04km2(全国44位)人口(1995)=127万3440人(全国32位)人口密度(1995)=562人/km2(全国10位)市町村(1997.4)=10市16町27村県庁所在地=那覇市(人口=30万1890人)県花=デイゴ 県木=リュウキュウマツ 県鳥=ノグチゲラ日本の最南西に位置し,[沖縄島](本島)ほか160の島々からなる島嶼(とうしよ)県で,そのうち40島が有人島,他は無人島である。…
【踊口説】より
…民謡においては長編の叙事的な歌を〈口説〉というが,盆踊歌として用いられることが多く,この場合は〈踊口説〉とよばれる。謡曲や平曲,義太夫節などにも〈[クドキ]〉と呼ばれる部分があるが,民謡の口説の叙事的な歌詞は,門付の芸能者の伝えた〈[語り物]〉の系譜である。盆踊の場合は主として音頭取が独演し,踊手ははやしことばを唱和する形式で語られる。…
【歌舞伎舞踊】より
…花道で道行となることもある。〈クドキ〉は女が男への恋情を振りに表現する眼目の部分。男の場合は,〈語り〉で戦の物語を踊る。…
【さわり】より
…たとえば〈半太夫さわり〉など。しかし,〈さわり〉の部分はこの部分を目立たせるためであったので,それが転じて旋律の美しい部分を指すようになり,本来[クドキ]と呼ばれるところを示し,さらには曲中の聞きどころを意味するようになった。そして,義太夫節以外でも,いろいろなジャンルでその曲の味わい深い部分をあらわしている。…
【振り】より
…歌詞に即して物まね的に演じることもあるが,その時点を超越すると扇1本,手ぬぐい1本,時には何も持たずに状況を観客の眼前にほうふつとさせることも可能で,深い奥行きをもっている。[歌舞伎舞踊]の〈クドキ〉と呼ばれる眼目のくだりは,女方では恋情と嫉妬,立役では戦の物語が主で,その部分は振りが基本になっている。物語性をもつ舞踊曲を,振り事とか所作事という。…
【平曲】より
…琵琶を弾きながら,《平家物語》の文章を語る語り物音楽。〈平家琵琶〉〈平家〉〈平語(へいご)〉ともいわれたが,最近は〈平曲〉の名称が一般的である。
[歴史]
起源には諸説あるが,なかでも有力視されているのは《徒然草》の記述で,それによると,後鳥羽院の時代に天台宗座主慈鎮(じちん)([慈円])の扶持を受けていた雅楽の名人,信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)が《平家物語》を作り,生仏(しようぶつ)という東国出身の盲人に教えて語らせたのが初めという。…
※「クドキ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」