日本大百科全書(ニッポニカ) 「クラウザー」の意味・わかりやすい解説
クラウザー
くらうざー
John Francis Clauser
(1942― )
アメリカの実験物理学者。カリフォルニア州パサデナ生まれ。1964年カリフォルニア工科大学物理学科卒業。コロンビア大学に進み、修士号に続き1969年に博士号を取得した。同年から1975年まで、カリフォルニア大学バークリー校とローレンス・バークリー国立研究所で博士研究員。1975年にローレンス・リバモア国立研究所に移り(1986年まで)、1988年に個人コンサルタントとして独立し、クラウザー・アンド・アソシエーツ社(J. F. Clauser & Assoc.)をおこす。1990年にカリフォルニア大学バークリー校で研究員となり、1997年以降は、ふたたび同社に戻り研究に取り組んでいる。
光子や電子などミクロな粒子の現象を扱う量子力学の世界では、双子のペアのように、二つの粒子の間で互いに関係しあう「量子もつれ」という不思議な現象が起こる。一方の粒子の性質が観測によって確定すると、もう一つの粒子の性質もどんなに離れていても瞬時に決まるというものである。粒子には、磁気的な性質「スピン」や波の振動方向である「偏光」が認められるが、スピンの場合、一方の粒子が上向きだと、もう一方の粒子は下向きとなる。偏光は、それぞれが直交する方向となる。量子もつれについては、1935年に、アルバート・アインシュタイン、ボリス・ポドルスキーBoris Podolsky(1896―1966)、ネイサン・ローゼンNathan Rosen(1909―1995)の3人が共同で発表した。アインシュタインは、光より速く伝達するものはないという相対性理論をもとに、二つの粒子のつながりを「不気味な遠隔作用」として否定的にとらえ、量子もつれの裏に、「隠れた変数理論」(量子力学に特徴的な確率的な性質を、実験者が観測できない変数によって説明する理論)があると提唱した。量子もつれは、3人の頭文字をとって「EPRパラドックス」とよばれた。
1964年、CERN(セルン)(ヨーロッパ原子核研究機構)の物理学者ジョン・スチュアート・ベルJohn Stewart Bell(1928―1990)は、「量子もつれが実在せずに、隠れた変数理論があるとしたら、実験的な測定値が特定の範囲に収まる」という「ベルの不等式」を考案した。
この数式を活用して量子もつれを実験的に証明しようとしたのが、クラウザーである。この数式をさらに検証しやすいよう複数の研究者と「CHSH不等式」を考案し、1972年に大学院生のスチュアート・フリードマンStuart Jay Freedman(1944―2012)と、カルシウム原子から放出される二つの光子を逆方向に発射し、偏光をフィルターで観測した。その結果、不等式は特定の範囲内に収まらず、破れが生じていることを確認。量子もつれの存在を証明した。しかし、この実験では光子の発射前に偏光フィルターの角度を固定していたため、それがもう一方の光子に影響する可能性があるなど、観測手法の不備が指摘された。フィルターの角度を光子の発射後にランダムに変えるなど観測手法を改良したのが、パリ第十一大学(現、パリ・サクレー大学)教授のアラン・アスペと、オーストリア・ウイーン大学教授のアントン・ツァイリンガーで、量子もつれは完全に証明された。
クラウザーは、1982年リアリティ財団賞、2010年ウルフ賞(物理学部門)、2011年トムソン・ロイター引用栄誉賞、2022年「量子もつれ光子を用いて、ベルの不等式の破れを示した実験と量子情報科学の先駆的研究」の業績で、アスペ、ツァイリンガーとともにノーベル物理学賞を受賞した。量子もつれの解明は、量子力学の発展に寄与し、量子コンピュータ、量子暗号通信などの量子情報技術を支える基盤となっている。
[玉村 治 2023年2月16日]