EPRパラドックス(読み)いーぴーあーるぱらどっくす(その他表記)EPR paradox

日本大百科全書(ニッポニカ) 「EPRパラドックス」の意味・わかりやすい解説

EPRパラドックス
いーぴーあーるぱらどっくす
EPR paradox

量子力学記述の完全性に関する思考実験で示されたパラドックス逆説)。これを提唱したアインシュタイン、ポドルスキーB. Podolsky(1896―1966)、ローゼンN. Rosen(1909―1995)の3人の頭文字をとってEPRパラドックスとよばれる。

 量子力学では、スピン0の粒子が崩壊して二つの粒子AとBに分裂した場合、それぞれの粒子は角運動量保存則により、上向きのスピンか下向きのスピンをもつようになると予想されている。つまり、もし粒子Aのスピンが上向きならば、粒子Bのスピンが下向きとなる(上向きのスピンと下向きのスピンが合成され、分裂前のスピン0の状態に対応する)。量子力学では、各々の粒子のスピンの状態は観測しなければ確定しない(観測するまで上向きのスピンと下向きのスピンの波動関数が重ね合わせの状態で存在して、観測すると波動関数がどちらかのスピン状態に収縮する)と考えている。そしてその確定方法は確率的にしかわからないとしている。ここでアインシュタインらは、たとえば粒子Aのスピンの向きを測定するときに、粒子Bのスピンの測定を乱さない程度離れた場所(たとえば宇宙の果てどうし)で粒子Aのスピンの向きを測定することを考えた。この場合、もし粒子Aのスピンの向きが上向きと観測されると、角運動量保存則により自動的に粒子Bのスピンの向きが下向きと決まる。量子力学では観測するまでは個々の粒子のスピン状態は確定しないとしているので、粒子Aのスピンの向きが上向きと観測された瞬間に、遠く離れた粒子Bのスピンの向きを決定する情報が光速度を超えた速度で伝わることになる。相対論により情報は光速度を超えて伝達できないはずである。しかし、その伝達方法がなければ角運動量保存則を証明する観測が成り立たないかもしれないことになる。つまり、離れた観測者たちがお互いの観測の結果を知る前に観測した場合、両方ともスピンが上向きであるような、角運動量保存則に反するような観測があるかもしれないことになる。よって相対論を破らずに、角運動量保存則を正しいと証明できない量子力学の記述は不完全である、というのがアインシュタインらの主張するパラドックスである。これに対して、ボーアはこのパラドックスの本質は、これらのスピン状態のような二つの粒子間に相関関係がある状態を一体で扱わずに個別に観測問題として考えたことにあると述べた。つまり、二つの粒子の片方を観測することは二つの粒子を含めた系全体に影響(相関)するはずで、これを分離不能性とよんだ。その後、量子力学の検証のためのベルの不等式などの実験を経て、アスペA. Aspect(1947― )たちの精密な実験により、分離不能性は量子もつれという現象と認識されている。最近はEPRパラドックスは前記の経緯からEPR相関ともよばれ、量子暗号量子テレポーテーションの開発に寄与している。

[山本将史 2021年7月16日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「EPRパラドックス」の意味・わかりやすい解説

EPRパラドックス
イーピーアールパラドックス
EPR paradox

1935年に理論物理学者アルバート・アインシュタインが,ボリス・ポドルスキー,ネイサン・ローゼンとともに量子力学に関して提起した問題。EPRは 3人の頭文字。たとえば,一つの粒子が分裂してできた 2粒子の一方を観察することで,その正反対にあるはずの他方の位置と運動量も正確に決定できる。そのため,一方の粒子を観察した影響が他方の粒子に瞬時に伝わる現象(3人は「不気味な遠隔作用」と呼んだ)がないかぎり,位置も運動量も観察前に確定していた性質だと考えられる(→観測の理論)。しかしこれは不確定性原理に反するので,量子力学は不完全だとアインシュタインらは主張した。この議論では,粒子の位置や運動量は,もしそれが決まっているならば,個々の粒子に対して個別に決まっているということが前提となっている。これを局所実在性という。量子力学以前の物質像では,局所実在性は自明とされていたことだが,これを否定すれば,「不気味な遠隔作用」がなくとも量子力学は正当化される。量子力学において特有の,局所実在性に取って代わる性質がエンタングルメントであり,ベルの不等式に関する実験によってエンタングルメントは立証された。これにより EPRパラドックスは解決された。

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