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クリューガー電報事件 クリューガーでんぽうじけんKrüger Depesche

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クリューガー電報事件
クリューガーでんぽうじけん
Krüger Depesche

1896年1月3日,ドイツ皇帝ウィルヘルム2世がイギリス軍の侵入を阻止したトランスバール共和国の S.クリューガー大統領にあてて祝電を打ったため,イギリス,ドイツ両国間に国際緊張を招いた事件。イギリスは金鉱の発見されたトランスバール共和国を自領の南アフリカに合併しようという野心をもち,前年の 12月 30日に L.ジェームソンを隊長に侵入,1月2日に撃退されたが,かねてこの事件に干渉の意を示していたドイツ皇帝ウィルヘルム2世は,宰相 C.ホーエンローエ=シリングスフュルストの勧告に従って祝電を発した。この結果イギリスでのウィルヘルム2世に対する反感は激化し,ウィルヘルムの企図したフランス,ロシアとの提携も挫折して,結局トランスバール共和国に対し,対イギリス譲歩を勧告するのやむなきにいたった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クリューガー電報事件
くりゅーがーでんぽうじけん
Krger Depescheドイツ語

1896年1月3日に、ドイツ皇帝ウィルヘルム2世からトランスバール共和国(南アフリカ共和国)大統領クリューガーにあてた祝電にまつわる国際的事件。1886年に金の大鉱脈が発見されたブーア人(ボーア人)のこの共和国を制覇しようとして、隣接するイギリス植民地ローデシアの行政官ジェームソンは、セシル・ローズの意を体し、500人余の騎馬警官隊を率いてイギリス保護領のベチュアナランドから国境を越え、金鉱の町ヨハネスバーグを目ざして進撃、95年12月29日いわゆる「ジェームソン侵入事件」を起こしたが、ブーア人の民兵隊から反撃を受け、翌年1月2日に侵略計画は挫折(ざせつ)した。この報を得たドイツ皇帝はただちにクリューガー大統領に電報を送り、「友好強国の援助を呼びかけることなく……外からの攻撃に対して国土の独立」を防衛したことを祝い、イギリスに対抗する姿勢を示した。ドイツの世論はこの打電を歓迎したが、イギリス国民の感情を害することとなり、両国の関係が悪化した。[岡部健彦]
『市川承八郎著『イギリス帝国主義と南アフリカ』(1982・晃洋書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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