翻訳|cretinism
先天性甲状腺機能低下症のことで,甲状腺ホルモンが先天的に不足している疾患。日本での頻度は出生5000~6000人に1人とされている。甲状腺から分泌される甲状腺ホルモン(チロキシン,トリヨードチロニン)は,細胞の代謝を促進するホルモンで,脳細胞の発育や骨の成長にとってとくに重要な働きをもっている。クレチン病では,甲状腺ホルモン欠乏状態にあるため,成長や知能の発達が遅れ,とくに乳児期の知能発達の遅れは,治療開始が遅れると不可逆的な知能障害を残す危険性が高い。
原因としては以下のものがある。(1)胎児期の甲状腺発生過程の異常による甲状腺欠損(無甲状腺性クレチン病)や不完全な甲状腺形成(形成不全),あるいは位置の異常(異所性甲状腺という。胎児期の甲状腺原基は咽頭の腹側正中線上の上皮陥没に由来し,その位置は舌のつけ根にあるが,徐々に下降して頸部の正常の位置に移動する。それが舌のつけ根に止まったまま,あるいは下降途中で止まってしまい,正常位置に移動しないまま出生すると,その機能は正常に働かず,ホルモン分泌不全を起こす)。(2)甲状腺は正常位置にあるが,甲状腺ホルモンの生合成の過程に障害(ヨードの甲状腺への取り込み障害や甲状腺ホルモン合成酵素の先天的欠損)のあるもので,この場合,甲状腺は代償的に肥大する(甲状腺腫性クレチン病)。(3)脳下垂体に障害があるため甲状腺刺激ホルモンが不足し,甲状腺の機能が低下する場合。(4)きわめてまれであるが,末梢組織の甲状腺ホルモンに対する反応の低下などがある。(1)は理由は不明だが女児に多く,(2)は常染色体性劣性遺伝によると考えられている。
症状は,生後1ヵ月ころまでは,新生児黄疸の遷延,不活発,ゼコゼコした呼吸,哺乳力不良,便秘,しわがれた声,低体温,腹部膨満,皮膚の乾燥,粗剛な毛髪,臍(さい)ヘルニア(出べそ)などが認められることが多いが,その程度や発現時期はさまざまである。またほとんどこれらの症状の認められない患児もある。さらに無治療のまま放置すると,しだいに巨舌,鼻根が低い,目が離れている,はれぼったいなどの特有な顔つき(クレチン顔貌)がはっきり認められるようになり,首のすわり,おすわり,ひとり立ち,ひとり歩きなどの発達も遅れ,身長増加不良(とくに手足が短い),体重増加不良が出現してくる。
治療には,甲状腺ホルモン剤が経口投与される。これは根本的な治療法ではなく,不足しているホルモンを補う治療(補充療法)であるが,非常に効果的である。服薬は原則として終生行うことが必要であるが,専門医の指導のもとに適正な量を規則正しく服用すれば,血中のホルモンの状態はまったく正常児と同じに維持でき,成長・発育も障害されない。知能発育の予後は,治療開始時期に大きく左右される。すなわち生後4週以前に治療を開始されたものとそれ以後のものでは,将来の知能発達に大きな差が出る。早期発見と早期治療が非常に重要である。そこで現在は,クレチン病の早期発見のために,生まれてきた新生児すべてを対象に血液検査によるマス・スクリーニングが行われるようになっている。これは,生後5~7日の新生児の足底からごく微量の血液を採取し(産科医が行ってくれる),検査センターで分析し疑わしい例を見つけ,精密検査を行って生後2~4週で患児を発見するものである。このため遅くとも生後4週以内には治療が開始できるようになり,クレチン病患児であっても,ほぼ全例で正常の知能発達・身体発育が得られるようになった。しかし,早期に発見されても治療が遅れたり,早期に治療を開始しても甲状腺ホルモン投与量や服薬が適正でなかったりした場合,十分な治療効果は期待できない。小児内分泌専門医による適切な診断ときめ細やかな治療,家族の協力が非常に重要となる。
→甲状腺
執筆者:立花 克彦
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