チロキシン(読み)ちろきしん(英語表記)thyroxine

翻訳|thyroxine

日本大百科全書(ニッポニカ) 「チロキシン」の意味・わかりやすい解説

チロキシン
ちろきしん
thyroxine

甲状腺ホルモン(こうじょうせんほるもん)の一つで、サイロキシンともいう。分子式C15H11I4NO4、分子量776.88。ヨウ素を含む一種のα(アルファ)-アミノ酸である。アミノ酸はタンパクとペプチドの素材であり、重要で多様な生物学的役割をもつ小分子(チロキシンもその一つ)の前駆体でもある。チロキシンはチログロブリン内のチロシンヨウ素化との連結によって形成される。この前駆体がタンパク分解されて、チロキシンとなる。1915年アメリカの化学者E・C・ケンドルは、甲状腺に多量に存在する特異なヨードタンパク質チログロブリンのアルカリ加水分解物からヨウ素を含む活性物質を結晶状に単離し、これをチロキシンと命名したが、イギリスの化学者ハリントンCharles Robert Harington(1897―1972)はこの化学構造に疑問をもって、正しい構造式を1926年に推定し、1927年にはバージャーGeorge Barger(1878―1939)と共同で合成に成功、化学構造を立証した。

 チロキシンは甲状腺内でチログロブリンから生成された四つのヨウ素を含むチロニンtetraiodthyronine(T4)で、ヨウ素の位置がそれぞれ3、5、3'、5'にあるが、この5'の位置のヨウ素がとれたのがトリヨードチロニン(T3)で、また5の位置のヨウ素がとれたものがリバースT3である。甲状腺ホルモンとしての生物学的活性はT3がT4の4~5倍もあり、リバースT3にはほとんどなく、T3がもっとも重要である。性状は淡黄またはクリーム色で無味無臭、吸湿性の粉末である。水にはわずかに溶け、アセトンクロロホルムエーテルには不溶で、アルカリに可溶である。

 脂溶性ホルモン(ステロイドホルモンなど)や脂溶性生理活性物質(ビタミンAなど)の受容体(レセプター)は、おもに細胞内の核にあり、核内受容体nuclear receptorとよばれている。これらの脂溶性生理活性物質受容体群(ファミリー)は、互いに構造・機能が類似した転写調節因子群(スーパーファミリー)として働き、タンパク遺伝子の発現を転写の段階で制御している。チロキシン受容体は核内受容体スーパーファミリーに属し、モルフォゲンmorphogen分化を誘導して形態形成を制御し、オタマジャクシからカエルへの変態を誘導する(モルフォゲンとは、胚(はい)の中で合成された物質の拡散・運搬によってできる濃度勾配(こうばい)に従って分化を促す物質。たとえばショウジョウバエの受精卵のビコイドタンパク、ナノスタンパクなど)。

 ヒトでは粘液水腫(すいしゅ)やクレチン症をはじめ、甲状腺機能低下症の補充療法として使われる。なお、生理作用については「甲状腺」の項目を参照されたい。

[有馬暉勝・有馬太郎・竹内多美代]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「チロキシン」の意味・わかりやすい解説

チロキシン
thyroxine

サイロキシンともいい,甲状腺ホルモンの一つ(→甲状腺)。生成と放出は下垂体(脳下垂体)の甲状腺刺激ホルモン TSHによって支配されており,チロシンから合成されて,チログロブリンのかたちで貯蔵される。トリヨードチロニン(トリヨードサイロニン)は,チロキシンの活性型として血液中に存在する。おもな生理作用は基礎代謝上昇,酸素消費増加,水,カルシウムその他の塩類排泄促進,ノルアドレナリン感受性増大,皮膚総脂質量の減少などである。分泌過多で甲状腺機能亢進症,低下で甲状腺機能低下症となる。

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