内科学 第10版 「発育障害」の解説
発育障害(症候学)
「発育障害・発育不全」とは身体的発育が同年齢の児より明らかに遅れている小児(特に乳幼児)において診断される病名である(Bauchner,2004).小児の発育の評価は,月齢・年齢別の体重,身長(および頭囲)の成長表に基づいてなされる(図2-52-1).2歳くらいまでの乳幼児に関しては一般に体重増加不良(failure to thrive)として,親が心配して,あるいは,健康診断時に偶然に気づかれることが多い.幼児期以降は低身長を主訴に医療機関を訪れる頻度が高くなる.
発育障害の一致した定義はないが,一般的には以下の2つの場合を指す.①体重が図2-52-1で示される標準体重の3パーセンタイル未満である場合②短期間に成長パーセンタイル曲線(3,10,25,50,75,90,97%)を明らかに横切る変化を示す場合(図2-52-2)
成長障害の診断に際しては,ある一時点での体重,身長の評価のみならず,成長変化(個人の成長曲線)を判定することがきわめて重要である.
病態生理
成長障害は,①器質的疾患を伴う場合と,②器質的疾患を伴わない場合がある.成長障害の原因となる基礎疾患は多岐にわたり,成長障害の正確な診断は熟練した小児科医でもときとして難しい.非器質性疾患による場合も親の経済的理由,養育者の心理的問題(マタニティブルー,家族内不和),虐待,栄養不足(母乳の量が少ないなど),児の心理的理由など原因は多様である.また患児の年齢により成長障害の原因となる基礎疾患や環境因子も異なり,表2-52-1に成長障害のおもな原因疾患を記す.
鑑別診断
1)診断の基本的アプローチ:
注意深い病歴の聴取と身体所見から成長障害の診断・評価をかなり絞り込むことができる.
a)成長曲線の評価:これまでの成長歴を母子手帳などの記述から実際に標準成長曲線上にプロットしてみる.成長のパターンのタイプから診断はある程度予測可能である.図2-52-2に成長曲線からみた低身長の鑑別を記す.乳児の体重増加不良についても体重増加曲線は診断に重要な情報を与えてくれる.身長,体重,頭囲のすべてが5パーセンタイル以下であれば,器質的疾患の存在の可能性が高い.
b)栄養に関する事項:児の栄養方法(母乳,人工乳,混合栄養), 1回の哺乳量,1日の回数などについて詳しく情報を得る.母乳不足(児は一生懸命吸っているのに母乳が少量しか出ない)のための体重増加不良は比較的よく経験する.1回の母乳の量を知るためには哺乳の前後で正確な体重計を用いて児の体重の増減を観察すればよい.一般に3カ月以上の乳児の正常な成長のためには150 mL/kg/日以上の母乳あるいはミルクが必要である.離乳食が始まっている場合には,その内容をよく聞き,適切な栄養の量とバランスとなっているかを確認する.
c)心理的・社会的背景:主たる保育者・養育者の養育状況.家族の職業,社会的,経済的状況.母親の心理的状況,育児への関心.虐待,育児放棄などの可能性.食事に対する極端な考え方(母乳至上主義など)がないか.
d)家族歴,妊娠分娩歴,周産期歴:器質的疾患が疑われるときには重要な情報である.
遺伝性疾患,血族結婚などの情報.家族の身長(家族性低身長).
母親の基礎疾患,妊娠中の感染症(TORCH症候群),アルコール歴など.
在胎週数,出生時の体重,身長,頭囲,分娩状況(仮死の有無,骨盤位など).早産児であれば,修正月齢を用いて評価する.
e)成長障害以外の症状の有無:発達の評価,下痢,血便(炎症性腸疾患,ミルクアレルギーなど),多飲・多尿(尿崩症,慢性腎不全,糖尿病など).
f)既往歴:全身性慢性疾患,代謝疾患,アレルギー・免疫疾患,血液・悪性腫瘍など.
g)身体所見:一般的な身体所見のほか,以下の点に注意する.
不自然な外傷などないか(虐待の可能性),体格・体型の異常,小奇形・顔貌の異常(骨系統疾患,染色体異常,代謝異常症など),性発達の異常の有無.
2)検査:
器質的疾患が疑われるときは以下の検査を行う.
骨年齢,胸部X線,血算,生化学,一般検尿,血液ガス検査,GH,IGF-I,IGFBP-3,TSH,fT4,染色体分析,アンモニア.
中途より成長が止まったような症例では頭部MRI,CTは必須である.[関根孝司]
■文献
Bauchner H: Failure to thrive. In: Nelson Textbook of Pediatrics, 17th ed (Behrman RE et al eds), pp133-134, Elsevier, Philadelphia, 2004.Kirkland RT: Failure to thrive. In: Oski’s Pediatrics: Principles and Practice 3rd ed (Mcmillan JA, et al eds), pp752-755, Lippincott Williams & Wilkins, 1999.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報