生没年不詳。アナトリア西部のリディア王国メムルナダイ朝最後の王(在位前560ころ~前546/540)。イオニアのギリシア都市を支配下に置くなど、治世の初期には勢力を振るった。また、砂金の生産と交易による莫大(ばくだい)な富はギリシア人の間で伝説化された。デルフォイの聖所に宝物の奉納を行い、エフェソスのアルテミス神殿の再建に貢献したほか、スパルタと同盟した。しかし、ヘロドトスが伝える哲学者ソロンとの交友関係が史実かどうかは疑わしい。アケメネス朝ペルシア王キロス2世の西征に際し、カルデア王ナボニドスやエジプト、スパルタと共同で抵抗しようとしたが失敗し、首都サルディスは陥落した。王自身は焼身自殺したとも、捕らえられたとも伝えられる。
[小川英雄]
リュディア王国最後の王。およそ前560年から546年ころにかけて在位。小アジア海岸の諸市を征服。その富は世のことわざになるほど大きなものであった。彼はギリシアの神々,とくにデルフォイのアポロンに多くの供え物をささげた。彼の義兄弟のメディア王アステュアゲスを王位から追ったペルシア王キュロス2世を討つべく神託をうかがい,それにまどわされてペルシア遠征におもむいたが,敗れて捕らわれの身になった。そののちの彼の運命は伝説のテーマになり,ヘロドトスの《歴史》(第1巻)に詳しく物語られている。それによると,クロイソスが火あぶりの刑に処せられようとしたときに,彼は,かつてアテナイの賢人ソロンから聞いた〈人間は生きているかぎり,なにびとも幸せとはいえない〉という言葉を思い出し,悲しみにみちて3度までソロンの名をよんだ。キュロスはその話を知ると人世の無常を感じ,クロイソスを救うことを命じたという。
執筆者:安藤 弘
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…その後,アルデュスArdys,サデュアッテスSadyattēsの治世を経て,アリュアッテスAlyattēsの時代に,ギリシア植民市を従属下に置き,最も隆盛な時期を迎えた。次王クロイソス(在位,前560ころ‐前546ころ)は,交易に力を入れ,王国はさらに富強となったが,新興のペルシア王キュロス2世との戦いに敗れ,王都サルディスは陥落した。王国領はペルシアの属州となり,アレクサンドロス大王の征服ののちセレウコス朝シリア,ペルガモン王国の支配を経て,前2世紀にはローマ領となった。…
※「クロイソス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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