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グリーンビル グリーンビルGreeneville

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グリーンビル
Greeneville

アメリカ合衆国,テネシー州北東部の町。 1780年入植。第 17代大統領 A.ジョンソンの旧居があり,町の北東方にはデービー・クロケットの生誕地がある。テネシー農業大学のタバコ試験場があり,酪農,コムギ作,養鶏などの中心地。人口1万 3532 (1990) 。

グリーンビル
Greenville

アメリカ合衆国,サウスカロライナ州北西部にある都市。 1760年代入植。かつては開拓者の避暑地,鉄道の終点で,商業の中心地であった。南北戦争後,リーディ川の水力を利用して繊維工業が発展。 20世紀後半になって金属・化学工業が発達した。2年に1回この町で繊維博覧会が開かれる。ファーマン大学 (1827創立) やボブジョーンズ大学 (1927創立) がある。人口5万 8282 (1990) 。

グリーンビル
Greenville

アメリカ合衆国,ノースカロライナ州東部の都市。 1774年創設,1889年の鉄道開通後発展した。イーストカロライナ大学やピット工業大学があるほか,アメリカ合衆国政府の外国向けラジオ放送局「ボイス・オブ・アメリカ」の操業の中心がある。タバコを主とする農業の中心地。人口4万 4972 (1990) 。

グリーンビル
Greenville

アメリカ合衆国,ミシシッピ州西部,ミシシッピ川東岸の河港都市。現在位置の少し南にあった旧市街は川に流され,残りは南北戦争時に北軍に焼払われた。再建時に,新しい町が現在の位置に建設された。肥沃なデルタにあり,ここで産する綿花は,世界の長繊維綿花生産の大半を占める。織物,木材などの工業も行われる。都市は巨大な堤防に保護されているが,1927年の堤防決壊では1万 9425km2にわたる浸水被害をもたらした。人口4万 5226 (1990) 。

グリーンビル
Greenville

リベリア南東部,大西洋にのぞむ港町。ブキャナン南東約 145km,シノエ川河口に位置。 1838年アメリカの解放奴隷が移住,当時はシノと呼ばれていた。 1959年に喫水 7mの船まで入港できるようになり,ゴム,製材品,カカオなどを輸出。ほかに米作,漁業が行われる。人口約 4000。

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デジタル大辞泉の解説

グリーンビル(Greenville)

リベリア南部の港町。大西洋に注ぐシノエ川の河口に位置する。旧称シノエ。米国から移住した解放奴隷によって建設された。内陸部に熱帯雨林が広がり、サポ国立公園がある。木材、パーム油を輸出。リベリア内戦において大きな被害を受けた。

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百科事典マイペディアの解説

グリーンビル

リベリアの南東部の町。大西洋に面する港町で,シーノ川の河口に位置し,かつてはシーノと呼ばれていた。コプラパームオイルなどを輸出している。人口8462人(1974)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グリーンビル
ぐりーんびる
Greenville

アメリカ合衆国、サウス・カロライナ州北西部の商工業都市。人口5万6002(2000)。ピードモント地域にあり、ブルー・リッジ山脈にも近い。ピードモント工業地帯の中心都市の一つで、紡織、衣服、食品加工、薬品、金属加工、家具、化学製品プラスチック電気器具などの工場がある。1797年に集落が建設され、プレザントバーグとよばれた。1831年に現在の地名に改称され、1907年に市となった。ファーマン大学、ボブ・ジョーンズ大学の所在地でもある。[菅野峰明]

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