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ゲッベルス ゲッベルス Goebbels, Paul Joseph

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ゲッベルス
ゲッベルス
Goebbels, Paul Joseph

[生]1897.10.29. ラインラントライト
[没]1945.5.1. ベルリン
ナチス・ドイツの宣伝相。織物工場の職工長の家に育ち,事務所の給仕をするなど不遇な少年時代を過し,また小児麻痺のため下肢が不自由になり,兵役を拒否された。カトリック財団の奨学金を得て,ボン,ハイデルベルク大学などに学び,1922年ドイツ哲学の研究で博士号を得た。

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デジタル大辞泉の解説

ゲッベルス(Joseph Paul Goebbels)

[1897~1945]ドイツの政治家。ナチス政権の宣伝相として言論弾圧・文化統制国家総動員を指導した。ベルリン陥落の際に自殺。

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百科事典マイペディアの解説

ゲッベルス

ドイツの政治家。1925年ナチスに加入,1926年党ベルリン管区指導者となる。デマゴギー性をもつ宣伝に特異な才能を示し,1929年党宣伝部長,1933年国民啓蒙宣伝相となる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ゲッベルス【Joseph Goebbels】

1897‐1945
ドイツの政治家,ナチス党員。ミュンヘン,ハイデルベルク大学で哲学,文学を専攻,1921年文学博士。25年ナチス党に入党,30年以降,全国宣伝局長。33年3月,国民啓発・宣伝担当の大臣に就任,新聞,ラジオ,映画,演劇,造型美術,音楽の統制を実施。42年2月ベルリンのスポーツ宮殿で総力戦を呼びかける演説を行い,44年以降,総力戦遂行の最高責任者。45年5月敗戦直前に自殺。【中村 幹雄】

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大辞林 第三版の解説

ゲッベルス【Joseph Paul Goebbels】

1897~1945) ドイツの政治家。ナチス政権の宣伝相として報道統制を行い、巧みな演説で国民を戦争に動員。ベルリン陥落直前自殺。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ゲッベルス
げっべるす
Joseph Goebbels
(1897―1945)

ナチス・ドイツの政治家。小市民出身で、初め作家を志したが挫折(ざせつ)した。1922年ナチス党に入ったが、1923年のヒトラー一揆(いっき)には参加せず、1925年ナチス党が再建されると、シュトラッサー兄弟の下で機関紙『国民社会主義書簡』を編集した。1926年ヒトラーにみいだされてベルリン管区指導者になり、1927~1934年週刊紙(1930年以後日刊紙)『攻撃』の編集長として反ユダヤ主義をあおり、ワイマール共和国を愚弄(ぐろう)した。1928年国会議員にも選出された。1929年ナチス党の全国宣伝部長。1933年ヒトラー内閣が成立すると、新設の啓蒙(けいもう)宣伝相となり、放送、新聞、映画、演劇、音楽などの報道、文化活動を統制し、大衆の思考と感情を思うがままに操った。彼の宣伝の最高傑作の一つは、スターリングラード(現ボルゴグラード)での敗北後の1943年2月18日の演説で、敗北の事実を率直に認め、ボリシェビズムの脅威をあおりつつ国民を総力戦に動員することに成功した。1945年4月29日ヒトラーは「遺言」で彼を首相に任命したが、ヒトラーの後を追い、妻と6人の子供を道連れに自殺した。[吉田輝夫]
『西城信訳『ゲッベルスの日記』(1974・番町書房) ▽マンヴェル、フレンケル著、樽井近義・佐原進訳『第三帝国と宣伝――ゲッベルスの生涯』(1962・東京創元新社) ▽クルト・リース著、西城信訳『ゲッベルス』(1971・図書出版社)』

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世界大百科事典内のゲッベルスの言及

【映画】より

…政府の支持の下に,クレショフの映画実験工房やジガ・ベルトフの実験的記録映画〈キノ・グラス(映画眼)〉運動が推進されたのである。 ナチス・ドイツの宣伝相ゲッベルスがいち早く〈映画局〉を設置し,クラカウアーによれば〈戦争が起るとすぐに,ドイツ宣伝省は,ニュース映画を戦争宣伝の効果的な道具にするために,可能なあらゆる手段を用いた〉ことも重要な映画史的事実である。ヒトラーがF.ラングに〈ナチ映画〉を作らせようとしたこと,アメリカに渡って国際的なスターになったマルレーネ・ディートリヒを呼びもどして〈第三帝国のスター〉に迎えようとしたこと,さらに〈ドイツ女性の完ぺきな典型〉とヒトラー自身が呼んだレニ・リーフェンシュタールに,オリンピック映画《民族の祭典》と《美の祭典》(ともに1938)を作らせて,ナチの力を世界に誇示することに成功したこともよく知られている。…

【大いなる幻影】より

…第1次世界大戦中,ドイツ軍に捕らえられて収容所から脱出を企てるフランスの捕虜たち(滅んでいく貴族,戦争は繰り返されると考える銀行家,インターナショナルな連帯を夢見る労働者)の収容所生活と階級意識,また国境を超えた人間的な愛情を描いて,人間が殺し合わなければならない戦争の残虐さを,うわべだけの反戦主義や捕虜たちの安っぽいヒロイズムを通してではなく,鋭く強烈な人道主義の立場から糾弾した,映画史に残る反戦映画の傑作。根底にある平和への訴えが各国で高く評価され,アメリカでもアカデミー作品賞にノミネートされたが,ゲッベルスはドイツでの上映を禁止し,さらにムッソリーニにはたらきかけてベネチア映画祭での受賞を妨害しようとしたと伝えられている。なお,反戦的,反国家的であるという理由で戦前の日本では公開されなかった(1949初公開)。…

【国家総動員】より

…ナチス・ドイツでは,1933年のヒトラーの政権掌握直後から失業対策と秘密再軍備のために統制経済が発足し,1936年には本格的な戦争準備をめざす4ヵ年計画がゲーリングを大臣として開始された。宣伝相ゲッベルスの手で大規模な宣伝による大衆操作がすすめられ,ニュルンベルクの党大会の演出と宣伝には著名な建築家,音楽家,映画監督らが動員された。だがヒトラーは電撃戦による短期戦をつぎつぎに積み重ねていくことをめざした。…

【第三帝国】より

… 第4期は,スターリングラードでの敗北から45年4月30日のベルリン陥落のなかでのヒトラーの自殺を経て5月7日のデーニッツ政権による無条件降伏にいたる第三帝国の崩壊期である。そこでは,内政面においては,43年2月のゲッベルス宣伝相による〈総力戦〉体制樹立の宣言,そしてその1年前から軍需相となっていたシュペーアのもとでの軍需生産の最後の高揚,さらには,44年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件で表面化する陸軍の参謀将校を中心とする反ナチ運動の展開が見られる。対外的には,ドイツの占領地を中心にして強制収容所におけるユダヤ人らの民族皆殺し(ジェノサイド)や戦争捕虜の大量致死,労働力の強制調達や生体実験があり,後々まで指弾の的とされることとなる。…

【ドキュメンタリー映画】より


[戦中のドキュメンタリー]
 第2次大戦前後,各国がドキュメンタリーを政治的な宣伝や戦意昂揚のために利用したことはいうまでもない。ドイツでは,ナチ宣伝相ゲッベルスによってあからさまな宣伝映画がつくられ,レニ・リーフェンシュタールによるニュルンベルクのナチ党大会を記録した《意志の勝利》(1935)やベルリン・オリンピックの記録《オリンピア》(1938)などをはじめ,ドイツ軍の力を誇示する《戦火の洗礼》(1940),《西部戦線の勝利》(1941)などの戦争ドキュメンタリーで,ナチズムとその勝利を宣伝した。 一方,アメリカでも,早くから反ナチ宣伝映画がつくられていた。…

【嘆きの天使】より

…ディートリヒによる〈セックスの化身〉とそのサディズムによって世界中で大ヒット,パリでは封切り後まもなく映画の題名と同じ名のナイトクラブがオープンしたと伝えられる。しかしドイツでは,33年,ゲッベルスがドイツ人の品性を辱めた〈退廃芸術〉として公開禁止処分にした。同じ題材がハリウッドで59年に,エドワード・ドミトリク監督,クルト・ユルゲンスとマイ・ブリット主演でリメークされている。…

【フェルキッシャー・ベオバハター】より

…1923年から37年まで,ナチスの理論的指導者であったA.ローゼンベルクが主筆を務め,デマと宣伝で政敵を攻撃するなどナチズムの強力な宣伝媒体として機能した。その一方,J.ゲッベルスがベルリンで発行していたもう一つの党機関紙《アングリフDer Angriff》とは,つねに対立を続けた。【広瀬 英彦】。…

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