コオロギ
こおろぎ / 蟋蟀
cricket
昆虫綱直翅(ちょくし)目コオロギ上科Grylloideaの昆虫の総称。ケラ科を上科に置いて残りのコオロギ上科をまとめていうこともある。世界に約2000種、日本には約60種が知られており、そのなかには古くから鳴く虫として親しまれてきたものも多い。コオロギの名は古く「古保呂岐」と書かれ、黒い木を意味したもののようで、コオロギの黒褐色の体色と関連させてその名となったなど、いくつかの説がある。
[山崎柄根]
体長は、アリヅカコオロギのように3ミリメートルほどのものから、台湾にいるタイワンオオコオロギのような40ミリメートル前後のようなものまで変化に富む。体型は背腹に平たく、地上生活に適応した形となっている。体色は地面の色に似せた黒褐ないし褐色系のものが多いが、例外的にアオマツムシのように明るい緑色型のものも知られている。複眼はそれほど大きくなく、触角は糸状で長い。前胸背板は箱の蓋(ふた)のような形で、おおむね後頭部の幅と同幅。左右の前翅は、静止時体の側部を覆う前縁域を除き大部分が重なる。雄前翅の脈相は複雑で、発音器がよく発達している。発音は右前翅裏面の第2肘脈(ちゅうみゃく)下面のやすり部に、左前翅の後縁部にある肥厚部をこすりつけて行い、前翅その他を共鳴部としてよい音を出す仕組みになっている。雄でありながら発音器をもたない種もある。雌の前翅にはケラ科を除き発音器はなく、脈相は一般的に単純。前翅と後翅の長さには変化が多く、両者を欠くものもある。前脚(あし)と中脚は歩行肢で、前脚脛節(けいせつ)の基部近くには鼓膜がある。後ろ脚は跳躍肢で、一般的に腿節(たいせつ)は頑丈で太い。各脚の跗節(ふせつ)は3節。雄の亜生殖板は舟の舳先(へさき)状で、尾突起はない。雌の産卵管は槍(やり)状か錐(きり)状、または薙刀(なぎなた)の刀身状を呈する。
[山崎柄根]
大部分が地表性であるが、樹上性、家住性、またアリの巣に共生するものなどがある。ウミコオロギのような海浜性の種も知られている。普通、雑食性であるが、肉食の強い種もある。前翅に発音器をもつ種の多くはよい声で鳴くが、種によっては、さえずったり、縄張り(テリトリー)を主張したり、けんかをしたり、近くの雌を交尾に誘ったりするときに、それぞれ音調を変えて鳴き、交尾中の鳴き方にも違った調子で鳴くものがある。一方、雄の腹背にある誘惑腺(せん)からの分泌物によって近くの雌をひきつけるカンタンやアオマツムシのような種も知られている。精子はいったん精包という包みの中に入れて雌の生殖口につけられ、そこから雌の体内に注入される。地中産卵のものでは、先の鋭い産卵管を直接地中に刺し込んで産み付け、植物組織内産卵のものでは、先が太くて鋸歯(きょし)がある産卵管を用いて、組織に小孔をあけて産み付ける。変態は不完全。なお、生活史は光周性と強い結び付きがある。
[山崎柄根]
コオロギ類(上科)はケラ科を含めて12科に分類され、日本産種はコオロギ科、クサヒバリ科、アリヅカコオロギ科、カネタタキ科、クマスズムシ科、カンタン科、スズムシ科、マツムシ科、ケラ科の9科に含まれる。エンマコオロギやツヅレサセコオロギはもっとも普通にみられ、カンタン、スズムシ、マツムシ、カネタタキ、キンヒバリ、クサヒバリなどは鳴く虫として日本人には古くから親しまれてきた虫である。スズムシの飼育は江戸時代から一般化している。
コオロギ類は、直翅目のなかでも、前翅に共鳴部のある発音器をもつことや、前脚脛節に鼓膜があることなどによって、キリギリス類ときわめて近い関係にある。生活圏の違いが両者の分化を大きくしたのであろう。
[山崎柄根]
日本では、コオロギは家の中で鳴く虫として親しまれている。その鳴き声を「肩させ、裾(すそ)させ、寒さがくるぞ」と聞きなして、冬支度を早くするように勧めているのだとしている。
ヨーロッパでは予兆を表す昆虫とされ、一般にコオロギが家の中にいることを幸運のしるしとし、殺すと不吉なことがおこるともいう。イギリスでは、雨、幸運、不運、近親者の死、恋しい人の到来などを知らせるといい、アイルランドではとくにクリスマス・イブに鳴き声を聞くのを喜ぶ。また中部ヨーロッパのシレジア地方では、死者の幽霊や盗人がくると鳴くという。
かつて中国には、エンマコオロギの類を飼い、金を賭(か)けて闘わせる風習があった。そのため、強いコオロギは高値で売買され、コオロギを入れるための焼物の器もつくられて、工芸的に発達した。蘇州(そしゅう)では「秋興(ちうしん)」といって、寒露のころの行事になっていたが、これを専門的に職業とする者もいた。
[小島瓔]
古くから文学にも登場し、『万葉集』に「蟋蟀(こほろぎ)」「蟋(こほろぎ)」の形で7首の歌がみえるが、これは秋鳴く虫の総称ともいう。平安時代に入ると、「きりぎりす」とよばれるようになり、『古今集』には「秋風に綻(ほころ)びぬらし藤袴綴(ふぢばかまつづ)り刺せてふきりぎりす鳴く」など6首がみえる。『枕草子(まくらのそうし)』「虫は」に「きりぎりす。はたおり」と並べられ、「はたおり」がいまのキリギリスという。『礼記(らいき)』「月令(がつりょう)」に「季夏蟋蟀(きかしっしゅつ)壁ニ居ル」、『源氏物語』「夕顔」に「壁の中のきりぎりすだに……」とあり、壁にいると考えられていたらしい。俳句では「こほろぎ」「ちちろむし」「つづれさせ」などと詠む。
[小町谷照彦]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
コオロギ (蟋蟀)
cricket
直翅目コオロギ上科Grylloideaに属する昆虫を呼ぶときに用いる通俗的な呼名。ケラもこの仲間だが,別に扱うことも多い。またツヅレサセコオロギの旧名をコオロギといった。
コオロギ類は,キリギリス類やバッタ類とともに直翅目を構成する主要な群で,とくにキリギリス類に類縁が近い。キリギリス類は体型が縦に平たく,主として樹上生活に適応しているが,コオロギ類は,エンマコオロギで代表されるように,体型が背腹に平たくなり,地表生活に適応している。色彩も地表面の色に近い,褐色ないし黒褐色系の色彩が主流を占めている。頭部は一般に丸形で,口はかむ型,複眼はそれほど大きくない。触角は糸状で長く,多節である。前胸背板の大きさは,頭幅とおよそ等しくなっている。体型が背腹に平たいため,前翅(まえばね)は静止態で左右互いの翅が重なる部分が多く,全体として腹部をぴったり覆っている。雄の前翅は発音器が発達していて,複雑な脈相となっている。このうち右前翅第2肘脈下面にやすり状になった部分があり,これを左前翅後縁の肥厚部でこすり音を出すようになっている。例外的に発音器をもたない種や,まったく翅を欠くという種もある。後翅はよく発達するが,これも途中で脱落させたり,まったく欠くものもある。前脚の脛節(けいせつ)には〈耳〉としての鼓膜器官がある。後脚は跳びはねるための脚となっていて,とくに腿節(たいせつ)は幅広くがんじょうとなっている。腹端の尾角は,雌雄とも単純な角様突起となっており,感覚毛を密生する。産卵管は腹端から突き出,槍形やなぎなた形をしている。
地表生活者が主流であるが,アオマツムシのように樹上生活をしている例外もある。夜行性のものが多い。食性はおもに植物食性であるが,雑食性のものも多い。産卵は土中や植物の樹皮下や茎中に産みつけ,1齢幼虫から成虫と似た形をしている。
コオロギ上科は,世界から約2000種が知られ,熱帯地方に多く,12の科に分けられる。日本には,そのうち9科,すなわちコオロギ科エンマコオロギ,ツヅレサセコオロギ,マダラスズ,ミツカドコオロギ,ハラオカメコオロギなど),クサヒバリ科(クサヒバリやキンヒバリ),アリヅカコオロギ科(アリヅカコオロギ),カネタタキ科(カネタタキ),クマスズムシ科(クマスズムシ),カンタン科(カンタン),スズムシ科(スズムシ),マツムシ科(マツムシ,アオマツムシ),ケラ科(ケラ)が知られている。
コオロギ類の大部分の雄は,いわゆる〈鳴く虫〉で,日本では古くから鳴声のよいものをめでる風習があり,スズムシ,マツムシ,カンタン,カネタタキなどはその代表種である。中国にはコオロギを闘わせて楽しむ風習がある。なお,平安時代コオロギと呼んだものは,現在のキリギリスを指し,キリギリスと呼んだものが現在のコオロギを指している。
執筆者:山崎 柄根
民俗
コオロギは古代ローマでは他の鳴く虫と区別なくキカダcicada(近年では〈セミ〉の意)と呼ばれ,雄だけが鳴き露を吸って生きる虫と考えられた。その鳴声を楽しむ習慣は現在ギリシアほかの地中海地域,インド,中南米に盛んで,これを神の声に擬して神託を得たりもする。しかし西ヨーロッパ地域では,その声を死の予兆と見,また女のおしゃべりに模すなど,雑音扱いにする。イギリスではこれが鳴けば嵐がくると信じられた。〈炉端のコオロギ〉は家庭的安楽の象徴とされ,フランスでは家庭的な男性を揶揄(やゆ)するのに〈コオロギcriquet〉という。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
コオロギ
Gryllidae; cricket
直翅目コオロギ科またはコオロギ上科に属する昆虫の総称。体は多少とも上下に扁平で短太なものが多く,暗色で目立たない。触角は糸状で非常に長い。翅はやや長くなるものもあるが,多くは比較的短く,左右の前翅は背面で重なって腹部をおおい,この部分は垂直な側部よりはるかに幅広い。雄は前翅に発達した発音器をもち,種特有の鳴き声を出すが,発音器のないものや無翅のものもある。肢の 跗節は3節で,前肢脛節には鼓膜がある。後肢は発達した跳躍肢となる。腹端には1対の細い尾毛があり,雌は長い槍状または長刀状の産卵管をもつ。不完全変態をし,多くは地上にすむが,植物上にすむもの,アリやシロアリの巣内にすむものもある。コオロギ上科の昆虫は,日本では鳴く虫として親しまれている種が多く,エンマコオロギ,スズムシ,マツムシ,カンタン,クサヒバリなどが代表種である。 (→直翅類 )
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
コオロギ
直翅(ちょくし)目コオロギ科のうちコオロギ亜科などに属する昆虫の総称。黒褐色の種類が多く,主として地上の草むらや石下などにすみ,水分の多い植物や果実などを好む。温・熱帯に多く,日本には30種以上。普通,成虫は晩夏〜秋に現れ,雄は種類により特有の声で鳴く。エンマコオロギ(26mm),オカメコオロギ(14mm),ツヅレサセコオロギ(20mm)など。なおツヅレサセコオロギを単にコオロギと称することもある。古くはコオロギをキリギリスと呼んだ。
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世界大百科事典(旧版)内のコオロギの言及
【キリギリス(螽蟖)】より
…世界から5000種以上知られている。【山崎 柄根】
[鳴く虫と日本人]
古くは現在コオロギと呼ばれる虫がこの名で呼ばれた。その鳴く音をキリキリときいたからであろう。…
【賭博】より
…これは古代中国でもっとも好まれた盤上遊戯であって,すでに春秋時代には遊ばれていたらしく,《論語》に〈博奕(奕は囲碁のたぐいという)みたいなものでも何もせぬよりましだ〉という孔子の言葉が記録されており,《韓非子》にも〈儒者は博をしない〉とみえ,のちに〈博〉または〈博奕〉が賭けごとの代名詞になったのは,上述の〈賭博〉の語が示すとおりである。というのも,勝敗の分かれる遊戯にはすべて賭博性があるからで,ほかに[闘鶏],闘蟋蟀(しつしゆつ)(コオロギの闘戯),走狗(そうく)(ドッグレース),樗蒲(ちよぼ)(ばくち)などはいわずもがな,[投壺](とうこ)(矢投げ),囲碁([碁]),象戯(しようぎ)(中国式の将棋),双陸(すごろく),握槊(あくさく)(すごろくの一種)などにも金品が賭けられることがあった。賭博の弊害についてはつとに三国呉の韋昭が《博奕論》のなかで嘆いており,歴代の王朝もしばしば禁令を出したけれども,クビになった役人があとを絶たなかったのは,賭博のもつ魔性のゆえであろう。…
※「コオロギ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」