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コブレンツ Koblenz

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コブレンツ
Koblenz

ドイツ西部,ラインラントファルツ州の都市。ライン川モーゼル川の合流点に位置し,ドイツ最古の町の一つで,前9年頃にはすでにローマ人に「合流点の軍衛地 (カステルム・アド・コンフルエンテス) 」として知られ,町の名も「コンフルエンテス」に由来する。6世紀にフランク王の居地となり,以後軍事,交通上の要地として発達。中世には商業の中心地ともなった。 1789年から 1814年にかけて革命などによりフランスから亡命者が流入,その影響で市街は趣を変え,「小パリ」といわれた。 15年以降プロシア領プロウィンキア・ラインの首都。第2次世界大戦で市街の約9割が戦災を受け,現在では近代的な都市に変った。ラインおよびモーゼルワインの取引,家具製造,繊維工業が行われる。モーゼル河畔に石油貯蔵所があり,中部ラインの石油基地でもある。景勝地に富み,観光都市として有名で,ドイチェスエック (ドイツの角の意。ライン,モーゼル両川合流点にある岬) ,聖カストル聖堂 (836) ,選帝侯の宮殿 (1780~86) ,ライン川対岸のエーレンブライトシュタイン (高さ 118mの岩壁上に建つ砦) などの史跡がある。人口 10万6445(2010)。

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デジタル大辞泉の解説

コブレンツ(Koblenz)

ドイツ西部、ラインラント‐プファルツ州の都市。ライン川モーゼル川の合流地点に位置し、古代ローマ時代より河川交通の要衝、また軍事拠点だった。ライン川観光の拠点、ワインの集散地としても知られる。

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百科事典マイペディアの解説

コブレンツ

ドイツ,ラインラント・ファルツ州,ライン川とモーゼル川の合流点に位置する都市。中部ラインの商取引,特にモーゼル・ワインの取引の中心地。醸造・化学・繊維工業が行われる。
→関連項目モーゼル[川]ライン渓谷中流上部ローレライ

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世界大百科事典 第2版の解説

コブレンツ【Koblenz】

ドイツ西部,ラインラント・ファルツ州の都市。人口11万(1995)。ライン川とモーゼル川の合流する三角州に位置し,対岸でラーン川とも結ぶ水陸交通・軍事上の要衝にあたる。防衛技術調達庁,国境警備隊本部,公文書館,上級地方裁判所などの連邦州政府の諸機関,商工および手工業会議所,工業専門学校,教育大学,中部ライン博物館がおかれ,かつ連邦最大の軍営地である。伝統的産業は,ブドウ酒取引とビール,ゼクト酒の醸造であったが,EC(現,EU)の誕生でライン地方の経済的比重が増すにつれ,金属加工業,化学製造業,食品・嗜好品工業,印刷・製紙業も盛んとなった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コブレンツ
こぶれんつ
Koblenz

ドイツ中西部、ラインラント・プファルツ州の都市。人口10万8000(2000)。ライン川にモーゼル川とラーン川が合流する交通上の要地にあり、ローマ時代から軍事拠点であった。19世紀以来のプロイセンの要塞(ようさい)都市の伝統を引き継ぎ、NATO(ナトー)(北大西洋条約機構)軍やドイツ国防軍の大規模な駐屯地となっており、連邦国防技術研究所や国境警備隊司令部の所在地でもある。州北部の中心都市としての諸機能のほか、ライン川、モーゼル川沿岸の観光基地としてもにぎわっている。ラインワイン、モーゼルワインの取引中心地で、車両部品、洗剤、家具、ピアノ、織物などの工業も行われる。[朝野洋一]

歴史

ローマ皇帝ティベリウスの時代にライン川とモーゼル川の合流点に建設された城塞が、コブレンツの起源である。名称は、合流点を意味するラテン名コンフルエンテスConfluentesに由来する。5世紀以降、しばしばフランク国王の居住地となり、それに伴って都市的生活も発展をみたが、航行可能な二つの大河の合流点に位置し、マインツ―ケルンを結ぶ陸上路にも沿っているという地理的好条件に恵まれ、とりわけモーゼル川沿岸産のぶどう酒の集散地として重要な役割を果たした。市域はもともと帝国(神聖ローマ)領であったが、1018年、皇帝ハインリヒ2世(在位1002~24)がこれをトリール大司教に寄進した結果、司教都市となり、15世紀後半以降は大司教の居館が置かれた。1254年のライン都市同盟の結成に際し、コブレンツもこれに参加した。フランス革命当時、フランスからの亡命貴族がこの町に集まり、反革命的な企ての策源地となった。ルイ16世の弟のプロバンス伯(後のルイ18世)とアルトア伯(後のシャルル10世)が共同して、1792年「コブレンツの宣言」を発したのもその一例である。ナポレオン戦争によってフランス軍に占領され、一時ライン・モーゼル州の首都となったことがある。第二次世界大戦に際しては、連合軍の空襲により徹底的な被害を受けた。[平城照介]

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