コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

コブレンツ コブレンツ Koblenz

5件 の用語解説(コブレンツの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コブレンツ
コブレンツ
Koblenz

ドイツ西部,ラインラントファルツ州の都市。ライン川モーゼル川の合流点に位置し,ドイツ最古の町の一つで,前9年頃にはすでにローマ人に「合流点の軍衛地 (カステルム・アド・コンフルエンテス) 」として知られ,町の名も「コンフルエンテス」に由来する。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

コブレンツ(Koblenz)

ドイツ西部、ラインラント‐プファルツ州の都市。ライン川モーゼル川の合流地点に位置し、古代ローマ時代より河川交通の要衝、また軍事拠点だった。ライン川観光の拠点、ワインの集散地としても知られる。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

コブレンツ

ドイツ,ラインラント・ファルツ州,ライン川とモーゼル川の合流点に位置する都市。中部ラインの商取引,特にモーゼル・ワインの取引の中心地。醸造・化学・繊維工業行われる
→関連項目モーゼル[川]ライン渓谷中流上部ローレライ

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

コブレンツ【Koblenz】

ドイツ西部,ラインラント・ファルツ州の都市。人口11万(1995)。ライン川とモーゼル川の合流する三角州に位置し,対岸でラーン川とも結ぶ水陸交通・軍事上の要衝にあたる。防衛技術調達庁,国境警備隊本部,公文書館,上級地方裁判所などの連邦や州政府の諸機関,商工および手工業会議所,工業専門学校教育大学,中部ライン博物館がおかれ,かつ連邦最大の軍営地である。伝統的産業は,ブドウ酒取引とビールゼクト酒の醸造であったが,EC(現,EU)の誕生でライン地方の経済的比重が増すにつれ,金属加工業,化学製造業,食品・嗜好品工業,印刷・製紙業も盛んとなった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コブレンツ
こぶれんつ
Koblenz

ドイツ中西部、ラインラント・プファルツ州の都市。人口10万8000(2000)。ライン川にモーゼル川とラーン川が合流する交通上の要地にあり、ローマ時代から軍事拠点であった。19世紀以来のプロイセンの要塞(ようさい)都市の伝統を引き継ぎ、NATO(ナトー)(北大西洋条約機構)軍やドイツ国防軍の大規模な駐屯地となっており、連邦国防技術研究所や国境警備隊司令部の所在地でもある。州北部の中心都市としての諸機能のほか、ライン川、モーゼル川沿岸の観光基地としてもにぎわっている。ラインワイン、モーゼルワインの取引中心地で、車両部品、洗剤、家具、ピアノ、織物などの工業も行われる。[朝野洋一]

歴史

ローマ皇帝ティベリウスの時代にライン川とモーゼル川の合流点に建設された城塞が、コブレンツの起源である。名称は、合流点を意味するラテン名コンフルエンテスConfluentesに由来する。5世紀以降、しばしばフランク国王の居住地となり、それに伴って都市的生活も発展をみたが、航行可能な二つの大河の合流点に位置し、マインツ―ケルンを結ぶ陸上路にも沿っているという地理的好条件に恵まれ、とりわけモーゼル川沿岸産のぶどう酒の集散地として重要な役割を果たした。市域はもともと帝国(神聖ローマ)領であったが、1018年、皇帝ハインリヒ2世(在位1002~24)がこれをトリール大司教に寄進した結果、司教都市となり、15世紀後半以降は大司教の居館が置かれた。1254年のライン都市同盟の結成に際し、コブレンツもこれに参加した。フランス革命当時、フランスからの亡命貴族がこの町に集まり、反革命的な企ての策源地となった。ルイ16世の弟のプロバンス伯(後のルイ18世)とアルトア伯(後のシャルル10世)が共同して、1792年「コブレンツの宣言」を発したのもその一例である。ナポレオン戦争によってフランス軍に占領され、一時ライン・モーゼル州の首都となったことがある。第二次世界大戦に際しては、連合軍の空襲により徹底的な被害を受けた。[平城照介]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

コブレンツの関連キーワードトリーアファルツプファルツボッパルトエルツ城カウプドイチェスエックプファルツ城ラインラントプファルツカイザースラウテルン

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コブレンツの関連情報