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コプリー コプリーCopley, Sir Godfrey, 2nd Baronet of

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コプリー
Copley, Sir Godfrey, 2nd Baronet of

[生]?
[没]1709
イギリスのロイヤル・ソサエティ会員。毎年ロイヤル・ソサエティからその年の最良の経験哲学の論文の著者に与えられるコプリー・メダルの創設者。下院議員。

コプリー
Copley, John Singleton

[生]1738.7.3. ボストン
[没]1815.9.9. ロンドン
アメリカの画家。幼くして絵画に興味を示し,独学で絵を修業。 1766年ロンドンの美術家協会展に『りすと子供』を送り好評を得た。 74年イタリア,次いでイギリスに渡り,肖像画家,歴史画家として名をなす。ロイヤル・アカデミー会員。代表作『ピアソン少佐の死』 (1783,ロンドン,テート・ギャラリー) など。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版の解説

コプリー【John Singleton Copley】

1738‐1815
B.ウェストとともに18世紀アメリカで最初の国際的画家。ボストン生れ。正規の美術教育は受けていないが,1765年に描いた《少年とリス》がイギリスで評価されて,独立戦争前の74年に渡英。76年にはローヤルアカデミー会員に推され,肖像画と歴史画によって名声を博した。しかしボストン時代の直截で親密な性格描写はしだいに影をひそめ,イギリス・ロココ風の華美な画風に転じた。【桑原 住雄】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コプリー
こぷりー
John Singleton Copley
(1738―1815)

アメリカの画家。B・ウェストとともに植民地期から連邦期におけるアメリカ最大の肖像画家、歴史画家として知られる。ボストンに生まれ、母親が再婚した画家P・ペルハムから絵を学ぶほか、J・ブラックバーンからも多大の影響を受ける。『リスと少年』(1765)がロンドンで激賞されたことから、1774年渡英。歴史画に転向して、76年にはロイヤル・アカデミー会員に推される。79年『チャザム伯の最期』をアカデミーの展覧会に出品せず、入場料をとって公開したことからアカデミーと衝突したこともある。渡英後は華やかなロココ様式を導入し、アメリカ時代の率直で親密感のある作風は消えた。[桑原住雄]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内のコプリーの言及

【アメリカ美術】より

…18世紀後半には,ヨーロッパの新古典主義と呼応して,建国の英雄たちを一種の理想像として描くことも行われる。J.S.コプリーとB.ウェストが18世紀アメリカを代表する二大画家であるが,ヨーロッパでは最も高貴な分野とされる歴史画がパトロンの趣味,価値観の違いなどによりアメリカに定着しにくい状況を見,ともにのちに渡英し,後者はローヤル・アカデミーの院長に就き成功をおさめた。19世紀初頭に,アメリカ最初の美術学校ペンシルベニア美術アカデミー(1805),ついでナショナル・アカデミー・オブ・デザイン(1826)がようやく創設されるが,ヨーロッパに学ぶ者も少なくなかった。…

※「コプリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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