サンステファノ条約(読み)サンステファノじょうやく(英語表記)Treaty of San Stefano

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サンステファノ条約
サンステファノじょうやく
Treaty of San Stefano

1878年3月3日,イスタンブール西方の小村サンステファノで締結されたロシアオスマン帝国間の講和条約。 1877年4月バルカン半島のスラブ人反乱に対するオスマン帝国の鎮圧を発端として始った露土戦争でオスマン帝国は屈し,以下の内容の条約に調印した。 (1) オスマン帝国内のモンテネグロ,セルビア,ルーマニアの独立承認。 (2) ルーマニアは南ベッサラビアをロシアに割譲し,オスマン帝国からドブルジャを獲得。 (3) 自治権をもつ大ブルガリア公国の設置,向う2年間のロシア軍の占領。 (4) 賠償金の支払いなど。バルカン,地中海へのロシアの発展を恐れたイギリス,オーストリアなど列国の反対で,ベルリン会議で修正された。

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デジタル大辞泉の解説

サンステファノ‐じょうやく〔‐デウヤク〕【サンステファノ条約】

1878年、ロシア‐トルコ戦争の結果、イスタンブールの近くの小村サンステファノ(San Stefano)で、ロシアとトルコとの間で結ばれた講和条約。ロシアのバルカン進出を認めた条約であったが、諸国の反対から同年のベルリン会議で修正された。

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大辞林 第三版の解説

サンステファノじょうやく【サンステファノ条約】

1878年、イスタンブール近郊のサンステファノ(現在のイェシルコイ)で結ばれたロシアトルコ戦争の講和条約。ロシアの南進策に有利な規定だったためイギリス・オーストリアが反対し、同年のベルリン会議で修正された。

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精選版 日本国語大辞典の解説

サンステファノ‐じょうやく ‥デウヤク【サンステファノ条約】

(サンステファノはSan Stefano) 一八七八年にトルコのコンスタンティノポリス(イスタンブール)西郊のサンステファノ(現在のイエシルキョイ)で結ばれた露土戦争の講和条約。ブルガリアの独立、バルカン諸民族の解放などロシアの優位を規定したものであったが、イギリス・オーストリアが反対し、ベルリン会議で大幅に修正された。

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