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ザハロフ Zakharov, Adrian Dmitrievich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ザハロフ
Zakharov, Adrian Dmitrievich

[生]1761.8.8. サンクトペテルブルグ
[没]1811.8.27. サンクトペテルブルグ
19世紀初期ロシアの新古典主義建築家。 1782~86年にパリで J.シャルグランに学び,その後イタリアに遊学,帰国後,代表作であるサンクトペテルブルグの海軍省 (1806~15) を建てたほか,ネバ川の橋梁,サンクトペテルブルグのロシア科学アカデミーの増築,クロンシタットの聖アンドレイ聖堂などを設計した。

ザハロフ
Zakharov, Ivan Il'ich

[生]1814
[没]1885
ロシアの中国学者。北京駐在伝道団に勤務し,中国語,満州語に通じた。のちペテルブルグ大学教授。主著に『満州語辞典』 Polnyi man'chzhursko-russkii slovar' (1875) ,『満州語文法』 Grammatika man'chzhurskogoyazyka (79) がある。

ザハロフ
Zakharov, Matvei Vasil'evich

[生]1898.8.17. ボイロボ
[没]1972.1.31. モスクワ
ソ連の軍人ロシア革命志願兵として参加,1917年共産党に入党,18年赤軍砲兵士官学校,28年フルンゼ陸軍大学卒業。第2次世界大戦に各戦線で参謀として活躍。 59年ソ連邦元帥。 60~71年ソ連軍参謀総長兼第一国防次官。

ザハロフ
Zakharov, Rostislav

[生]1907.9.7. ロシア帝国,アストラハン
[没]1984.1.14. ソビエト連邦,モスクワ
ロシアの振付師。フルネーム Rostislav Vladimirovich Zakharov。1926年レニングラード帝室舞踊学校卒業後,マリインスキー劇場バレエ団振付師となり,1936年ボリショイ・バレエ団に移った。スタニスラフスキー・システムを用いる演出家として知られ,『バフチサライの泉』(1934),『シンデレラ』(1945),『青銅の騎士』(1949),『赤いけし』(1949)などを振り付け,ロシアバレエ界に業績を残した。1942年と 1949年にスターリン賞受賞。著書に『振付師の芸術』(1954)がある。

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デジタル大辞泉の解説

ザハロフ(Basil Zaharoff)

[1850~1936]英国実業家トルコの生まれ。国際的な兵器請負業者として知られ、「死の商人」とよばれた。

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百科事典マイペディアの解説

ザハロフ

英国の国際的な兵器商。トルコ生れで,父はロシア人,母はギリシア人。1877年以来軍需会社に関係し,トルコ,スペイン等へ兵器売込みに成功。90年代に英国のビッカーズ会社を手中に収め,クルップシュネーデル・エレクトリックなど諸国の軍需会社重役も兼ね,巨利を得た。
→関連項目死の商人

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大辞林 第三版の解説

ザハロフ【Basil Zaharoff】

1850~1936) イギリスの実業家。トルコ生まれ。国際的な兵器請負業者として活躍、「死の商人」と呼ばれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ザハロフ
ざはろふ
Basil Zaharoff
(1849―1936)

イギリスの実業家、富豪。ロシア人を父、ギリシア人を母としてトルコに生まれる。イスタンブールで貿易商を営む伯父について実務修得ののち、1877年イギリス・スウェーデン合弁の兵器会社ノルデンフェルトのアテネ駐在員となった。彼は当時のバルカン諸国の緊張関係を巧みに利用し、たとえば、新たに登場した潜水艦を敵対関係にあるギリシアとトルコの双方に販売するなど、その相手かまわぬ商法で一躍有名になった。ついでイギリスの発明家ハイラム・マキシムの発明になる機関銃に着目した彼は、その製造企業を合併してマキシム・ノルデンフェルト社を創設。さらにこれをイギリス最大の兵器会社ビッカースに吸収させるとともに、自ら重役として経営に参加し、第一次世界大戦期の軍備拡張競争に乗じた兵器売り込みで敏腕を振るった。1901年には軍艦装甲板製造に関する特許利益をプールする目的でハーベイ合同製鋼会社が設立されたが、イギリス、フランス、アメリカ、ドイツ、イタリアの各国企業を網羅したこの国際兵器トラスト創設の背後には、彼の活躍があったとされている。第一次大戦後には大ギリシア王国の建設を夢み、ギリシア・トルコ戦争を画策し、ロイド・ジョージとクレマンソーを動かそうとしたが失敗した。これを機に兵器産業より引退、晩年をモンテ・カルロの賭博(とばく)場の所有者として過ごし、同地で死去した。イギリスではナイトに叙せられ、フランスではレジオン・ドヌール勲章を授けられたが、反面、戦争が始まると敵味方双方に武器を売るというやり方のゆえに、いわゆる「死の商人」の筆頭に数えられている。[小林袈裟治]
『岡倉古志郎著『死の商人』改訂版(1962・岩波新書) ▽D・マコーミック著、阿部知二訳『死の商人ザハロフ』(『現代世界ノンフィクション全集6』所収・1967・筑摩書房)』

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