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ザンクト・ガレン修道院 ザンクト・ガレンしゅうどういんKloster Sankt Gallen; Saint-Gall

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ザンクト・ガレン修道院
ザンクト・ガレンしゅうどういん
Kloster Sankt Gallen; Saint-Gall

スイス北東部の町ザンクトガレンの修道院。 612年アイルランドより布教に来た聖ゴール (ザンクトガレン) が,隠住した場所に 719年に建立された大規模なベネディクト会の修道院。カロリング朝,オットー朝を通じヨーロッパ文化の中心地であり,特に修道院内のスクリプトリウムからはすぐれた装飾写本が制作された。現在その図書館にはアイルランドのケルト系写本をはじめ,フランコ・ノルマン様式の8~9世紀写本が数多く保存されている。また9~10世紀には美しい象牙細工も多く制作され,それらは写本内に描かれているミニアチュールとともに初期中世美術の重要な遺品となっている。修道院は 830年に再建されているが,これとは別に,816年作成の理想の修道院の姿を描いた平面図が現在も残っていて,完全な自給自足型の大規模なカロリング朝修道院の理想形を示している。また現在の建物は 18世紀に J.ミハエルと F.ベーアによって改築されたもので,バロック様式を示している。

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百科事典マイペディアの解説

ザンクト・ガレン修道院【ザンクトガレンしゅうどういん】

スイスのザンクト・ガレンSankt Gallenにある元ベネディクト派修道院。720年オトマールがアイルランドの修道士ガルスの庵跡に創設した。816年帝国修道院となって広大な領地を有するに至り,学校や図書館を設けて9―11世紀に最盛期を迎えた。
→関連項目ザンクト・ガレン

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ザンクト・ガレン修道院
ざんくとがれんしゅうどういん

スイス北東部、コンスタンス(ボーデン)湖に近い都市ザンクト・ガレンSankt Gallenにあったベネディクト会の修道院。612年アイルランドの隠修士ガルスGallus(550ころ―627)によって開かれたのでこの名がある。8世紀前半、ドイツのオトマールがベネディクトの会則を採用して以来隆盛をみ、多くの文人、学者を輩出して、8~11世紀にかけて中世ヨーロッパの文化の中心的存在であった。とくに8~9世紀ごろの写本の蒐集(しゅうしゅう)および制作は名高く、修道院の付属図書館(現存)にはニーベルンゲン写本などがある。なかでも9世紀に大修道院長ゴツベルトのもとで制作された羊皮紙の修道院平面図は、各種工房、製粉所、学堂、病舎などを含み、中世修道院建築の典型を示すと同時に、他の古記録とともに、中世修道院の経営実態を物語る重要な資料となっている。また当時、これに基づいて壮大なカロリング風バシリカが建設されている。のち聖職叙任権闘争で衰え、16世紀にはプロテスタントの勢力下に入って、1806年修道院は閉鎖された。現在の建築は一部を除き、18世紀に改築されたものである。1983年に世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。[鶴岡賀雄]

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