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シパーヒー sipâhi

世界大百科事典 第2版の解説

シパーヒー【sipāhī】

ペルシア語起源のウルドゥー語で〈軍隊〉〈兵士〉を意味する。英語ではセポイsepoyとして知られてきたが,この語が転訛したものである。近代ではインド亜大陸においてヨーロッパ人士官に訓練,指揮されたヨーロッパ風のインド人軍隊のこと。東インド会社のインド統治以来,イギリスによるインドの軍事的支配の柱となった。雇い始めたのは1740年ごろ,フランス人デュマがイギリスとインドの覇権を争う際雇用した。48年イギリス人ロレンスがこれをまねてイギリス式訓練を受けたインド人の正規軍をつくりあげた。

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世界大百科事典内のシパーヒーの言及

【ティマール】より

… 内陸アジアから移住したトルコ族によって13世紀末に建国されたオスマン帝国は,16世紀前半までに,西アジア(イランを除く),北アフリカ,バルカン半島の大部分を征服・併合した。その軍事力の中心をなしたのはシパーヒーsipāhīとよばれる騎兵を中核とした在郷軍団(16世紀半ばには約4万騎と推定されている)であった。シパーヒーは,スルタンによって与えられた〈封土〉(ディルリキdirlik。…

【イクター】より

…次のマムルーク朝(1250‐1517)でも,イクター制は国家と社会を規定する基本制度として機能し続け,軍隊制度の整備に伴って軍人の位に応じたイクター授与の体系化が著しく進んだ。オスマン帝国(1299‐1922)では規模の大小に応じてハースhas,ゼアーメトzeamet,ティマールの3種の土地分与が行われたが,イクターと同じ性格の土地はシパーヒー(騎士)が保持する比較的小規模のティマールであった。しかしティマール制は16世紀中ごろには早くも解体への兆しを見せ始め,またエジプト・シリアでも,17世紀半ばにはティマール制からイルティザーム(徴税請負)制への全面的な切替えを余儀なくされるにいたった。…

【ティマール】より

… 内陸アジアから移住したトルコ族によって13世紀末に建国されたオスマン帝国は,16世紀前半までに,西アジア(イランを除く),北アフリカ,バルカン半島の大部分を征服・併合した。その軍事力の中心をなしたのはシパーヒーsipāhīとよばれる騎兵を中核とした在郷軍団(16世紀半ばには約4万騎と推定されている)であった。シパーヒーは,スルタンによって与えられた〈封土〉(ディルリキdirlik。…

※「シパーヒー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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