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シュパン Spann, Othmar

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュパン
Spann, Othmar

[生]1878.10.1. ウィーン
[没]1950.7.8. ノイシュティフト
オーストリアの社会学者,経済学者,哲学者。ウィーン,チューリヒ,テュービンゲンの各大学に学び,1909年ブリュン工業大学教授,19年以降ウィーン大学教授として社会学,経済学を講じた。 38年ナチスに追放され,以後教壇を去った。一種の全体主義理論である普遍主義の立場を取り,全体は部分に先行し,部分は全体によって生命を与えられるとして,真の国家は身分国家であるとする。その主張は個人主義,マルクス主義,さらにはナチズムとも相いれなかったが,のちナチズムに利用された。彼の思想的根源はカトリシズムにあり,ドイツ・ローマン主義の流れもくむ。著書『経済学説』 Die Haupttheorien der Volkswirtschaftslehre (1910) ,『真正国家』 Der wahre Staat (21) ,『社会哲学』 Gesellschaftsphilosophie (28) など多数。

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世界大百科事典 第2版の解説

シュパン【Othmar Spann】

1878‐1950
オーストリアの社会学者,経済学者,哲学者。1919年から38年までウィーン大学教授。ドイツ・ロマン主義の影響の下,全体性を強調する普遍主義を唱え,自由主義・個人主義的社会観を批判する一方,マルクス主義とも鋭く対立した。経済学,社会学の諸業績と並ぶ《真正国家論Der wahre Staat》(1921)では,身分制国家論を説き,保守主義とファシズム,とくに後のドルフスの国家体制に大きな影響を及ぼしたとされる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シュパン
しゅぱん
Othmar Spann
(1878―1950)

オーストリアの社会学者、経済学者。ウィーン、チューリヒ、チュービンゲン各大学に学ぶ。1919年から1938年までウィーン大学の教授であったが、第二次世界大戦後ふたたび教職に戻ることはなかった。ドイツ・ロマン主義の社会観を受け継いだため、普遍主義的社会論を展開した。したがって、個人はあくまで普遍的全体としての共同体の部分であり、全体は部分よりなる有機的構成であるとする。この有機的構成体を支えているのは、理念的統一体たる国家の権力であると説くが、具体的には中央集権的官僚統治を廃して身分的共同体をもって国家の再編を行うという、いわゆる「職分国家」を提唱した。当初、経済学関係の著書もあり、経済学者と目された。『社会哲学』(1928)などの著書がある。[鈴木幸寿]
『秋沢修二訳『社会哲学』(1943・白揚社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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