シラノドベルジュラック(英語表記)Savinien de Cyrano de Bergerac

デジタル大辞泉 「シラノドベルジュラック」の意味・読み・例文・類語

シラノ‐ド‐ベルジュラック(Cyrano de Bergerac)

[1619~1655]フランス小説家劇作家・自由思想家。軍人として勇名を馳せたが負傷して退役、文筆生活に入った。その生涯はロスタン作の戯曲によって伝説化された。小説「月世界旅行記」、喜劇「衒学げんがく者愚弄」など。
ロスタンの戯曲。5幕。1897年初演。モデルにした大鼻で醜男の剣客シラノの、従妹ロクサーヌへの悲恋を描いたもの。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「シラノドベルジュラック」の意味・読み・例文・類語

シラノ‐ド‐ベルジュラック

  1. [ 一 ] ( Savinien de Cyrano de Bergerac サビニアン=ド━ ) フランスの詩人、小説家。空想科学小説の先駆者。同名のロスタンの戯曲によって英雄化され名高い。作風は奇想天外で批判風刺的。著には「月世界旅行記」「太陽世界旅行記」など。(一六一九‐五五
  2. [ 二 ] ( 原題[フランス語] Cyrano de Bergerac ) 韻文戯曲。五幕。エドモン=ロスタン作。一八九七年パリで初演。巨大な醜い鼻を持つ剣客シラノは、ひそかに慕う従妹ロクサーヌと美青年クリスチャンとの恋を、みずからの恋を犠牲にして成就させる。一五年後、尼僧となったロクサーヌは真相に気づくが、敵の陰謀で傷ついたシラノは息絶える。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「シラノドベルジュラック」の意味・わかりやすい解説

シラノ・ド・ベルジュラック
Savinien de Cyrano de Bergerac
生没年:1619-55

フランスの文学者。パリの町人の家に生まれ,ボーベ学院に学んだのちカステルジャルー親衛中隊に入り,幾多の決闘で勇名を轟かせたが,ムーゾン(1639),アラス(1640)の攻略で重傷を負って軍籍を退いた。その後は哲学に関心をもち,ガッサンディや,懐疑派の自由思想家ラ・モト・ル・バイエに学んだといわれるが,また同時にスカロン,シャペル,モリエールなど自由思想的傾向をもつ文人とも交わって,放蕩無頼の文筆生活をはじめた。フロンドの乱(1648-53)がはじまると《失脚宰相》(1649)など7編の〈マザリナード〉(宰相マザラン攻撃の詩文)を発表したが,1651年には一転して《フロンド派に反対する手紙》を書いた。54年に奇抜な比喩を多用した,想像力あふれる書簡集や,モリエールに多くの影響をあたえたといわれる散文喜劇《かつがれた衒学者》を含む最初の《作品集》を刊行し,またきわめて力強い5幕韻文の悲劇《アグリッピーヌの死》を発表したが,その翌年パリ近郊で没した。

 代表作《別世界または月世界諸国諸帝国》(1657),《太陽諸国諸帝国》(1662)が出版されたのはその死後のことであり,さらに20世紀になって前者の未削除手写本が刊行されるに及んで,重要な自由思想家としての相貌がようやく明らかになるにいたった。すなわち,この遺作の日月両世界旅行記は,SF(空想科学小説)めいた枠組みや17世紀の〈滑稽(こつけい)物語〉の体裁をとりながらも,その中に盛られたものは,家父長制社会やキリスト教の禁欲道徳の批判,天動説とこれに支えられた人間中心主義の破壊,キリスト教の主要な教理である神の摂理や霊魂不滅などの否定である。またその中で強調されているのは,〈巨大な動物〉である大宇宙の隅々まで同じ一つの生命の火が貫流し,無生物,動植物さらには人間までも形づくるとするダイナミックなアニミズム的唯物論なのである。なお彼を鼻の大きい義俠の剣士に仕立て上げたE.ロスタンの傑作《シラノ・ド・ベルジュラック》(1897)は日本でもひろく知られている。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「シラノドベルジュラック」の意味・わかりやすい解説

シラノ・ド・ベルジュラック(エドモン・ロスタンの戯曲)
しらのどべるじゅらっく
Cyrano de Bergerac

フランスの劇作家エドモン・ロスタンの五幕韻文戯曲。1897年、コクラン主演、パリのポルト・サン・マルタン座で初演されて大好評を博し、以来世界各国で上演されている。

 時代は1640年、軍の幹部候補生の豪傑で大鼻の醜男シラノが劇場で武勇と反骨を発揮し権力に反抗する。その彼が、ひそかに恋する従妹(いとこ)ロクサーヌと菓子屋で会見、幹候隊の新人、美男のクリスチャンとの恋の仲介を頼まれて引き受けるはめになる。シラノは、無器用な色男に粋(いき)な文句を吹き込んで2人の密会を成功させる。彼女はシラノが代筆した手紙に感動し戦場へくるが、クリスチャンは戦死する。第5幕はその15年後。シラノは尼僧院に隠棲(いんせい)した彼女を毎週訪ねて慰めているが、その日、敵の陰謀に傷つきながらも定刻に現れ、ロクサーヌがことばの端に真相を見抜いたときは遅く、息を引き取る。実在した主人公シラノの心意気、詩才、博識、武勇を極端化してロマン的英雄を創造し、いまなお愛唱されている名文句が多い。

 日本にも早くから知られ、1926年(大正15)1月、額田六福(ぬかだろっぷく)翻案の『白野弁十郎』として新国劇の沢田正二郎が初演。翻訳台本による本格的上演は52年(昭和27)文学座により行われた。

[岩瀬 孝]

『『シラノ・ド・ベルジュラック』(辰野隆・鈴木信太郎訳・岩波文庫/岩瀬孝訳・旺文社文庫)』


シラノ・ド・ベルジュラック(Savinien de Cyrano de Bergerac)
しらのどべるじゅらっく
Savinien de Cyrano de Bergerac
(1619―1655)

フランスの文学者。パリの小貴族の家に生まれ、軍隊に入るが、アラスの攻囲戦(1640)で重傷を負い退役する。哲学者ガッサンディの講義に列し、自由思想家(リベルタン)たちと交わる。作品としては、悲劇『アグリピーヌの死』(1654)、モリエールに想を与えたといわれる『衒学者愚弄(げんがくしゃぐろう)』(1654)、トマス・モア流のユートピア小説『月世界旅行記』(1657)および『太陽世界旅行記』(1662)のほか、フロンドの乱の際の、宰相マザラン誹謗(ひぼう)文書などがある。

 なお彼の実像は、エドモン・ロスタンの韻文劇『シラノ・ド・ベルジュラック』(1897)によって、巨大な鼻の魁偉(かいい)な風貌(ふうぼう)のなかに、繊細な詩魂を秘めた心優しい剣客として多分に伝説化された。

[渡邊明正]

『有永弘人訳『日月両世界旅行記1・2』(岩波文庫)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シラノドベルジュラック」の意味・わかりやすい解説

シラノ・ド・ベルジュラック
Cyrano de Bergerac, Savinien

[生]1619.3.6. パリ
[没]1655.7.28. パリ
フランスの詩人,劇作家,小説家。ガッサンディに学んで自由思想の洗礼を受け,当時の政治,宗教,社会を大胆に批判した。笑劇とコメディア・デラルテの影響を受けた散文喜劇『衒学者愚弄』 Le Pédant joué (1645) ,韻文悲劇『アグリピーヌの死』 La Mort d'Agrippine (54) ,ラブレーの伝統を継ぎ,ボルテールの『ミクロメガス』の先駆をなす2つの空想小説『月世界旅行記』 Histoire comique des États et Empires de la Lune (57) ,『太陽世界旅行記』 Histoire comique des États et Empires du Soleil (62) やビュルレスク (道化) 調の風刺詩などがある。 E.ロスタンの名作によって,その生涯は伝説化された。

シラノ・ド・ベルジュラック
Cyrano de Bergerac

フランスの劇作家エドモン・ロスタンの韻文劇。5幕。 1897年,パリのポルト・サン・マルタン座で初演。 17世紀の実在の詩人,自由思想家シラノ・ド・ベルジュラックを鼻が大きく醜男だが才気煥発で無双の剣客に仕立て,そのロクサーヌへの報われぬ恋を中心に史実と虚構を織り交ぜた擬古典的韻文劇。自然主義を脱しようとする新ロマン主義と理想主義,安易だが巧妙な劇作法が当時のパリで熱狂的に迎えられた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「シラノドベルジュラック」の意味・わかりやすい解説

シラノ・ド・ベルジュラック

フランスの作家。決闘で無敵を誇り,親衛隊に入っても活躍するが,戦傷を負い文筆生活に転身。悲劇《アグリッピーヌの死》,喜劇《衒学者愚弄》や,科学知識を織りこんだユートピア文学《月世界旅行記》《太陽世界旅行記》を書く。ロスタンによる戯曲(1897年)でその名を広く知られる。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

デジタル大辞泉プラス 「シラノドベルジュラック」の解説

シラノ・ド・ベルジュラック〔映画:1990年〕

1990年製作のフランス・ハンガリー合作映画。原題《Cyrano de Bergerac》。監督:ジャン=ポール・ラプノー、出演:ジェラール・ドパルデュー、アンヌ・ブロシェ、バンサン・ペレーズほか。第63回米国アカデミー賞衣裳デザイン賞受賞。仏セザール賞最優秀作品賞受賞。

シラノ・ド・ベルジュラック〔映画:1950年〕

1950年製作のアメリカ映画。原題《Cyrano de Bergerac》。監督:マイケル・ゴードン、主演:ホセ・フェラー。第23回アカデミー賞主演男優賞受賞(ホセ・フェラー)。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

世界大百科事典(旧版)内のシラノドベルジュラックの言及

【ロスタン】より

…パリの高校を卒業後ただちに文芸批評と劇作を試み,1894年にユゴーの影響を受けた詩劇《ロマネスク》がコメディ・フランセーズで上演され,その抒情性が自然主義演劇の陰と象徴主義演劇の難解にあきた観客に新鮮な驚きを与える。次いで97年12月にポルト・サンマルタン座で名優コクランによって初演された5幕韻文劇《シラノ・ド・ベルジュラック》はその擬古典的な名せりふと巧みな劇作術と愛国心をくすぐる題材とによって空前の大当りをとり,フランス随一の劇作家と見なされるに至る。次いで1900年にナポレオンの遺児を主人公にした《鷲の子》がサラ・ベルナールによって上演され好評を得るが,1910年コメディ・フランセーズ上演の《雄鶏》は俳優がすべて鳥や家畜に扮するという奇抜な着想にもかかわらず失敗に終わる。…

【自由思想家】より

…まず17世紀初めに詩人ビヨーは16世紀のイタリア・ルネサンス思想の影響の下に,同じ一つの宇宙霊魂が物質と結合して人間をはじめ万物を形成するというアニミズム的宇宙論を展開して個々の人間の霊魂の不死を否定し,また神の摂理をも否定して星辰すなわち宿命,必然にもてあそばれる人間のペシミズムを歌った。このルネサンス思想はその後詩人トリスタン・レルミットTristan L’Hermiteや,〈リベルタンの王〉デ・バローJ.V.Des Barreauxを経て世紀中ごろのシラノ・ド・ベルジュラックにまで影響を与えたが,シラノはまた近代科学の地動説,ガッサンディの原子論,デカルトの自然学など新しい要素をも加えて神なき唯物論のさまざまな形態を模索した。17世紀前半には,この流れとは別に,モンテーニュやシャロンの影響をうけた人文学者リベルタン,たとえば懐疑主義者のラ・モト・ル・バイエF.de La Mothe le Vayerや批判的合理主義者ノーデG.Naudéらがいて,宗教は人間の無知や恐怖から生まれた迷妄であり,またつねに為政者による人民統治の道具に利用されたとする宗教批判を展開した。…

【鼻】より

… 鼻の形の分類には,狭鼻,中鼻,広鼻,あるいは直鼻,ローマ鼻,ユダヤ鼻,波状鼻,しし鼻,低鼻など,いろいろある。鼻が大きすぎると,シラノ・ド・ベルジュラックやゴーゴリの《鼻》の主人公のように醜いとされる。これは芥川竜之介の《鼻》の種本の《今昔物語集》や《宇治拾遺物語》の中の禅智内供(ないぐ)または禅珍内供のような長い鼻の場合も同じである。…

【ユートピア】より

…知識の獲得,人知の向上はユートピアの必須条件とされているかのようだ。J.ハリントン《オシアナ共和国》(1656),シラノ・ド・ベルジュラック《別世界または月世界諸国諸帝国》(1657),G.deフォアニ《南の未知の国》(1676)などの例をあげられるが,いずれも構想の奇抜さにもかかわらず,内容的にはひじょうに現実的である。 これにたいして第2の形式は,キリスト教的色彩の強いものである。…

※「シラノドベルジュラック」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android