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シリア文学 シリアぶんがくSyriac literature

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シリア文学
シリアぶんがく
Syriac literature

シリア・キリスト教徒によりシリア語で書かれた文学作品の総称。シリア語はセム語族に属する東アラム語の一派で,前1世紀から中世まで,エデッサ (トルコ南東部,現在のウルファ) およびその周辺で話されていた。エデッサは2世紀後期から,東洋のキリスト教文化の中心地となり,14世紀にアラビア語に圧倒されるまで,数々のシリア文学を生み出した。シリア文学には,現存していないギリシア・キリスト教の原典の翻訳が残存しており,また古代ギリシアの学芸とイスラム世界をつなぐ役割をもつため,セム語研究とともに,シリア・キリスト教の研究にとっても重要である。シリア語で書かれた文学は,聖書の翻訳をはじめ,賛美歌や詩,ギリシア語からの翻訳,聖書の注釈書,歴史,法律,聖者伝,哲学,文法,医学,科学と非常に多岐にわたっていた。
初期の重要な文書には聖書の翻訳があり,『ディアテッサロン』 (タチアノス編,150~160頃) および『ペシッタ』は新・旧約聖書研究の基礎的文書の一つである。また聖書注解はエフラエムに始り,エデッサ近辺の修道院や学院で多くのものが書かれた。その伝統はバル・サリビ (1171没) ,バル・ヘブライウスに引継がれた。詩歌,とりわけメームラーおよびマドラーシャーの2形式による賛美歌が3世紀から4世紀にかけて,バルデサネ,アスワナ,エフラエム,セルグのヤコブらにより作られた。なかでもエフラエムの作品はシリア文学の筆頭に位置し,後代のどの作者もこれを凌駕していない。ネストリウス派キリスト教が生れた頃,東シリア系最大の詩人ナルサイが登場した。その詩歌の優雅さと様式美から,彼は「聖霊の竪琴」という名声を得た。歴史書,年代記では,507年にエデッサの修道士によって書かれた『ヨシュア年代記』,6世紀の『エデッサ年代記』,バル・ヘブライウスの著作のほか,アルベラなどの地方史や諸修道院史が残されているが,なかでも総大主教ミカエル1世による全 21巻の大年代記は,1195年までの歴史を聖俗問わずに網羅しており,歴史の情報源として,また失われた文献の宝庫として重要である。またキリスト教徒の殉教者,聖者の伝記はしばしば物語形式で書かれ広く読まれた。
シリア人の文学活動は,ギリシア語のキリスト教文書をシリア語で読むために始ったため,一般に独創的作品よりも中世ペルシア語やギリシア語からの翻訳が多く,キリスト教関係の重要な書物をはじめ,ギリシア語で書かれた記録,アリストテレスをはじめとする古代ギリシアの哲学書や,医学・科学関係の書物がシリア語に翻訳された。これらの書物は,原典が現存しないギリシアのキリスト教文学を研究するうえで,不可欠の情報源となっている。また,これらの翻訳は,イスラム文化の興隆にとって重大な意味をもっていた。シリア語からアラビア語への翻訳は,ギリシア語からアラビア語へ直接翻訳するよりもはるかに容易であったため,たとえばギリシアの医学者で哲学者のガレノスを例にとってみれば,130冊もの著作がギリシア語からシリア語へ翻訳されているのに対し,ギリシア語から直接アラビア語に訳されたものは9冊にすぎない。このように,ギリシア諸学の多数の書物が,シリア語を仲介としてイスラム世界に大きな影響を与えたのである。

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