基本情報 正式名称=ジブチ共和国al-Jumhūrīya al-Jibūtī, Republic of Djibouti 面積=2万3200km2 人口(2010)=82万人 首都=ジブチDjibouti(日本との時差=-6時間) 主要言語=アラビア語,フランス語,アファル語,ソマリ語 通貨=ジブチ・フランDjibouti Franc
アフリカ大陸北東部,紅海の出口のバーブ・アルマンデブ海峡の南側に位置し,いわゆる〈アフリカの角〉地域の一部を形成する小国。旧フランス領アファル・イッサAfars et Issasで,1977年にジブチ共和国として独立した。総人口の過半が国名と同じ名称をもつ首都ジブチに集中している。 執筆者:小田 英郎
フランスはスエズ運河の建設が開始された1859年にタジュラ湾北岸のオボック港を租借して以来,しだいに周辺へと勢力を拡大し,96年にはその勢力圏を正式にフランス領ソマリ海岸Côte française des Somalisとして植民地化した。また1888年ころにタジュラ湾南岸に新しい港町ジブチを開き,植民地の主都を置くなど,関心を新港へと移していった。1917年にジブチ港とエチオピアのアジス・アベバを結ぶ鉄道の建設が完成して以後は,エチオピアの海港としての役割も加わったため,フランス領ソマリ海岸の重要性はさらに大きくなった。第2次世界大戦後のナショナリズムの高まりと制度改革によって,フランス領を含むアフリカ植民地がしだいにその地位を改善し,1950年代末期から60年代初期にはアフリカの独立の時代が到来したが,フランス領ソマリ海岸はフランスの海外県のままであった。それは人口の約半数を占めるソマリ系のイッサ族が隣国ソマリア(1960独立)の影響もあってソマリ海岸の独立を目ざしたにもかかわらず,同じく人口の約半数を占めるエチオピア系のアファル族が,エチオピアのひそかな要望もあって,都市人口の多くを占めるイッサ族主導の独立を忌避したからである。両民族を比較すれば,イッサ族のほうが概して都市化が進んでおり,政治の主導権はイッサ族が握っていた。
アフリカ北東部、アデン湾(インド洋)と紅海を結ぶバベル・マンデブ海峡西岸に位置する小国。正称はジブチ共和国République de Djibouti。南東はソマリア、北はエリトリア、西、南はエチオピアと国境を接する。旧フランス海外領アファール・イッサで、1977年独立国となった。住民はソマリ系のイッサ人とエチオピア系のアファール人が国を二分しており、その対立が深刻な問題となっている。面積2万3000平方キロメートル、人口63万(2000推計)。首都ジブチ市。