ロマンス語の一つ。スペイン国内の約2700万人をはじめ,中南米各国,アフリカの各地,フィリピンなどで用いられ,その総使用人口は約1億5000万,英語などと並び世界で最も有力な言語の一つとなっている。スペインと中南米の19ヵ国,計20ヵ国では公用語であり,また国際連合でも公用語の一つとなっている。スペイン語圏では一般に反英語感情が強い傾向がある。なお,スペインではスペイン語のほかに,カタルニャ語,ガリシア・ポルトガル語,バスク語が話されている。
ローマ人侵入以前のイベリア半島の状態がどんなであったか,またどんな言語が話されていたかについては,ほとんど知られていない。しかしどうやら複数の非インド・ヨーロッパ語系の言語が話されていたことだけはわかっており,これらを一括・総称して〈原初イベリア語〉(イベリア語)と呼んでいる。この原初イベリア語のなごりが,現在バスク地方で話されるバスク語であるともいわれる。このような原初イベリア語という言語的素地の上に,前3世紀末に始まるローマ人の侵入・植民によって口語のラテン語(口語のラテン語はその当時すでに文語のラテン語とは著しくかけはなれていた。ふつう前者を〈俗ラテン語〉,後者を〈古典ラテン語〉と呼んでいる)がかぶさることになる。この俗ラテン語はバスク語を除くすべての原住民の言語を圧倒して,のちのスペイン語の母体を形成する。したがって,同様にローマ帝国の勢力伸張とともにヨーロッパ各地へ運ばれていった俗ラテン語の方言分化の産物であるフランス語,イタリア語,ルーマニア語等とは,スペイン語は姉妹関係にあることになる。ちなみにこれら何種類かのラテン系の言語は一括して〈ロマンス語〉と呼ばれている。
その後5世紀初頭になると,北方からゲルマン系の民族の侵入に見舞われ,なかでも最も強大な勢力を誇った西ゴート族がトレドを中心とする王国を樹立することになるが,言語的には,少数のゲルマン系借用語をとり入れただけで,俗ラテン語の形成する母体は揺るぐことがなかった。しかしイベリア半島に移植されたラテン語がいつまでも単一の言語であり続けるはずはなく,当然のことながら方言分化が起こり,半島北東部の方言がのちのカタルニャ語となり,北西部の方言がのちのガリシア・ポルトガル語(ポルトガル語)となる。そして北方の中央部の方言が母体となり,のちのスペイン語が確立していく。8世紀初頭になると,西ゴート王国の衰退につけこんだ北アフリカのイスラム教徒が南方から半島に侵入して来て,文化的に高度なイスラム王国をつくり上げるが,言語的には,スペイン語は,彼らの話していたアラビア語から数多くの名詞を借用こそしたものの,音韻的にも文法的にもなんら影響を受けるところがなかった。現存するスペイン語最古の文献は,ログロニョ県サン・ミヤン・デ・コゴーヤの修道院で見つかった〈サン・ミヤンの注記〉である。これは古典ラテン語の文章の欄外に,修道士たちによって当時のスペイン語で走り書きされた注記で,977年のものと鑑定されている。
いったんはほとんど完全にイスラム教徒によって征服されたイベリア半島だが,これ以後約800年にわたって国土回復戦争(レコンキスタ)が続けられ,ついに1492年イスラム王国最後の拠点グラナダが陥落する。またちょうど同時期にアメリカ大陸へ〈征服者(コンキスタドール)たち〉によって運ばれて行った,主として南部のスペイン語(アンダルシア方言)は,100種以上もあったといわれる原住民の言語を圧倒して,今日,中南米19ヵ国(プエルト・リコを含む)において公用語として用いられるにいたっている。
先にあげたスペイン語の母体となる半島北方,中央部のラテン語方言にはすでにさらに細かい方言分化が起こっていた。それら方言は三大別でき,東方のアラゴン方言aragonés,中央のカスティリャ方言castellano,西方のレオン方言leonésである。政治的には,国土回復戦争の初期には,北方のキリスト教国にはアラゴン王国とレオン王国が存在するのみで,カスティリャはレオン王国に属する一伯爵領にすぎなかった。ところが国土回復戦争の南進にともない,主導権を握ったのはカスティリャであり,途中でむしろレオン王国を合併するような形で,カスティリャ・レオン王国を形成した。さらに15世紀後半アラゴン王国と連合してスペイン王国を形成したのもイサベル1世に率いられたカスティリャ王国であった。このようなわけでカスティリャ方言が標準スペイン語の地位を獲得するにいたったのである。そのためこの標準語はしばしばカスティリャ語(カステリャノ)とも呼ばれる。今日,アラゴン方言はピレネー山脈の渓谷に散在する村々に,またレオン方言はカンタブリア山脈の山村にそれぞれ話されているにすぎない。また15世紀末,イスラム教徒とともに国外追放の憂き目にあったユダヤ人は,北アフリカ,バルカン半島,中東にそれぞれ定住して,追放当時の古風な諸特徴を残すユダヤ・スペイン語を保っている。このほかカスティリャ方言の南下の産物といえるアンダルシア方言andaluzは,16世紀以降に多数のアンダルシア出身者が南・北両アメリカ大陸に渡ったために,多くのアンダルシア方言的特徴をとどめる中南米のスペイン語を生む母体となった。現在ではむしろ,音の〈たるみ〉を特徴とするアンダルシア方言と中南米のスペイン語とが,〈張り〉を特徴とするカスティリャ方言すなわち標準スペイン語を圧倒しかかっているといわれている。
(1)音韻 母音は5母音体系をなしている。子音体系でいちばん目だつのは有声の摩擦音素が一つもないことであろう。標準スペイン語のsは一風変わった舌先・歯茎音である。英語のthに聞かれるような無声の歯間・摩擦音[θ]もあるが,英語のそれよりもずっと摩擦が強い(たとえばzona(地帯)の頭子音など)。また,たとえばperro[pero](犬)などに見られる江戸っ子の巻舌にたとえられるふるえ音[r]もスペイン語音体系の中での目だった特徴である。音節構造は〈子音+母音〉(CV)を基調としており,その点では日本語と同様なのでスペイン語の発音は日本人には比較的容易であると信じられている。アクセントは強弱(ストレス)アクセントである。
(2)文法 スペイン語はいわゆる屈折語であり,動詞の活用形はかなり複雑である。一つの動詞について少なくとも48種類の活用形を有している。つまり英語のように,助動詞等いくつかの形の組合せによってある動作を表現することをせず,一つの動作意味には単一の形をした,一つの動詞が対応するようになっている。再帰形の動詞が数多いことも目だった特徴の一つである。つまり単一の自動詞が数少なく,その代りに〈他動詞+再帰代名詞〉の形が頻用される。そしてこの再帰代名詞は(その一般形はseであるが),本来の再帰の用法以外に四つの用法を有している。これは日本人の学習者にとっては,動詞の複雑な活用形と並んで,スペイン語学習上のもう一つの難関であろう。語順はラテン語ほどでないにしても,比較的自由である。
執筆者:原 誠
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[分類・分布]
ロマンス語の分類に関してはさまざまな試みがなされているが,19世紀末に死滅したダルマティア語(かつてアドリア海東岸に分布)を今日使用されているロマンス語に加えたうえで,次のような分類が考えられる(配列順序はヨーロッパにおける分布をおおよそ西から東にたどったもの)。(1)ポルトガル語,(2)スペイン語,(3)カタロニア語(カタルニャ語,カタラン語とも),(4)オック語(オクシタン(語)とも),(5)フランコ・プロバンス語Franco‐Provençal,(6)フランス語,(7)レト・ロマン語(レト・ロマンス語とも),(8)サルジニア語(サルデーニャ語とも),(9)イタリア語,(10)ダルマティア語Dalmatian,(11)ルーマニア語。これらの〈言語〉はいずれもいくつかの地域的な変種(方言)を含んでいるが,(1)(2)(3)(6)(9)(11)のように超局地的な共通語(標準語)の確立している言語と,そのような標準語をもたない(4)(5)(7)(8)(10)のような言語とがある。…
※「スペイン語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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