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スリウィジャヤ Śrī Vijaya

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大辞林 第三版の解説

スリウィジャヤ【Śrī Vijaya】

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百科事典マイペディアの解説

スリウィジャヤ

7―8世紀スマトラパレンバンを中心に栄えた国。マラッカ海峡を越え,今のマレー半島ケダーにまで勢力をのばし,アジア貿易の要路をおさえた。中国文献では唐代に室利仏逝,宋代に三仏斉とみえる。
→関連項目インドネシア真臘マレーシア

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世界大百科事典 第2版の解説

スリウィジャヤ【Srivijaya】

インドネシアのスマトラ島東部に7世紀半ばに成立し,8世紀後半に滅亡した王国。マラッカ海峡に近い要衝パレンバンに位置し,南海の古代東西交易(南海貿易)に重要な役割を担った港湾国家であるが,歴史的遺物や史料はきわめて乏しい。中国史料によれば,この国から中国に使を送った期間は7世紀後半から742年までである。碑文史料のおもなものはパレンバンに2個出土し,そのうち1個は682年のものである。このほかバンカ島ジャンビ(パレンバンの北西方)のハリ川上流,およびスマトラ島南端のパラス・パセマから碑文が出土し,いずれも7世紀後半のもので,文字は南インドパッラバ文字である。

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世界大百科事典内のスリウィジャヤの言及

【クディリ朝】より

…第4代の王ダルマバンシャ(在位991‐1007)の時代がこの王朝の最盛期で,王は法典を編纂させ,サンスクリット文学をジャワ語散文に翻訳ないし翻案させている。そして中国の宋朝にも遣使して友好を深める一方,スマトラのスリウィジャヤに進攻しようとしたが,かえって1006年から翌年にかけて反攻を受け,王は敗死し,首都は破壊された。ここに居合わせた王の女婿アイルランガAirlanggaはしばらく僧院に身をかくして時機を待ったが,やがてスリウィジャヤが南インドのチョーラ朝の攻撃を受けて衰えたのに乗じ,徐々に勢力を回復した。…

【港町】より

…港市国家のなかには,強力な海軍力を背景に海上ルートを支配し,交易船からの通行税の徴収や中継物資の独占のうえに〈制海路制国家〉ともいうべき国家へと発展したものもあった。7~8世紀,マラッカ海峡の制海権を背景に繁栄したスリウィジャヤはその代表である。これらの港市国家の人口構成がきわめて国際色豊かであったことは,たとえば頓遜には〈五百家族の天竺胡〉〈千余人の天竺婆羅門〉がいたとする中国史書の記述などにも示されている。…

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