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スルタン スルタン sulṭān

翻訳|sulṭān

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スルタン
スルタン
sulṭān

権威を意味するアラビア語。 11世紀以後,イスラム王朝の君主の称号となる。ガズニー朝マフムード (在位 998~1030) が初めて称号として用いた。セルジューク朝トグルル・ベグバグダード入城 (55) に際してアッバース朝カリフカーイムが彼にスルタンの称号を与えてからはトルコ系の王朝の君主は好んでこの称号を用い,のちには全イスラム世界に広まった。

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デジタル大辞泉の解説

スルタン(〈アラビア〉sulṭān)

スルターン

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百科事典マイペディアの解説

スルタン

サルタン〉とも。正しくは〈スルターン〉。イスラム王朝の君王の称号。11世紀のセルジューク朝に始まるとされる。イスラム世界の精神的権威であるカリフから,その保護者として世俗政治をつかさどることを認められ,称号を授かるという形をとった。
→関連項目カスバデリー・サルタナットブルネイ

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世界大百科事典 第2版の解説

スルタン【sulṭān】

11世紀以後,主としてスンナ派イスラム王朝の君主が用いた称号。アラビア語で正しくはスルターンとよぶ。古代シリア語のシュルターナー(権力,権力者)に由来する。コーランではこの語は精神的・呪術的な権威を表すものとして用いられた。その後ハディースやアラビア語文献史料で政治的権威を示す語として使われ始め,11世紀以後になって王朝の支配者の称号として使用されるようになった。しかし,イスラム世界(ウンマ)には,その長としてカリフが存在する。

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大辞林 第三版の解説

スルタン【sultān】

イスラム圏で、カリフから特定地域における非宗教的な権力を委任された支配者、または特定地域の自立君主。サルタン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スルタン
するたん
Sultan

イスラム教最高権威者であるカリフが授与した政治的有力支配者の称号。コーランでは、宗教的に重要な証示、または権威の意味で使用され、非人格的なものであったが、のち特定の地域を支配する個人の称号となった。875年、アッバース朝カリフ、ムウタミドの弟が最初にこの称号を受けた。世俗的権力の最高権威をもつイスラム専制君主の公式称号としては、トルコ系のガズナ朝に使用例がある。しかし、実質的には、1055年バグダードに入城したセルジューク朝トゥグリル・ベクが、1058年にアッバース朝カリフ、カーイムから授与されたことに始まる。その後、小アジアのルーム・セルジューク朝、エジプトマムルーク朝、そしてオスマン朝と、この称号が襲用された。ただ、イランでは地方知事の称号として使用され、現代では、北アフリカからインドネシアに至るイスラム諸国において、土豪や小君主が政治的支配者として、スルタンの称号を用いている。[設楽國廣]

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20世紀西洋人名事典の解説

スルタン
bn Abdal-’Aziz al-Sa’ūd Sultan


1924 -
サウジアラビアの王子。
副首相。
初代国王イブンサウードの第12子。ファハド国王の実弟。スディリー財閥の7人の一人。1958年交通相、’62年国防・航空相、’82年第2副首相となる。親米・親西欧路線の王族内の実力者。正規軍を掌握している。

出典|日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)
(C) 1995 Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
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世界大百科事典内のスルタンの言及

【セルジューク朝】より

…その甥のトゥグリル・ベク,チャグリー・ベクChaghrī Bek(987‐1060)らは,1038年ニーシャープールに無血入城し,40年にはダンダーナカーンDandānqānの戦でガズナ朝軍を破り,ホラーサーンの支配権を手中に入れた。55年にトゥグリル・ベクはバグダードに入り,アッバース朝カリフより史上初めてスルタンの称号を公式に受け,東方イスラム世界における支配者として公認された。セルジューク朝の進出がモンゴルの侵入とは異なり,大きな混乱・破壊を伴わなかったのは,すでにイスラムに改宗し,〈信仰の擁護者〉として出現したためである。…

【ワジール】より

…10世紀半ば,イスラム世界に軍事政権が成立してカリフ権が弱体化すると,ワジールもカリフの単なる書記に転落した。ただセルジューク朝時代にはスルタンを補佐する宰相職の意味に復した。ファーティマ朝では,アッバース朝にならって官僚出身者がワジールとなったが,そのような文官支配による国家体制も前半期までで,後半になると軍人が宰相職も兼ね,他のイスラム世界の軍事政権と変りないものとなった。…

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