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セウタ セウタ Ceuta

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

セウタ
セウタ
Ceuta

ジブラルタル海峡に面し,アフリカ側の岬北端にある,スペイン飛び領の要塞都市。自由港。対岸ジブラルタルの岬とともに「ヘラクレスの柱」と呼ばれるアチョ丘を本土と結ぶ地峡に位置する。古代からフェニキア人などが植民していたが,ビザンチン時代には独立都市となった。

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デジタル大辞泉の解説

セウタ(Ceuta)

北アフリカ、ジブラルタル海峡に面するスペイン領の港湾都市モロッコ北端の半島に位置する飛び地。古くから軍事・海事上の要地であり、古代カルタゴ人が街を築いてから、ローマイスラムなどさまざまな民族に支配された。1580年よりスペイン領。対岸のアルヘシラスとの間に定期航路がある。

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百科事典マイペディアの解説

セウタ

モロッコ北部にあるスペイン領の港湾都市。ジブラルタル対岸にある要塞(ようさい)都市で,燃料補給港であり,漁業の中心地。造船・缶詰工業が行われる。起源はフェニキアの植民市で,8世紀にはイスラム教徒の支配下に繁栄。
→関連項目ジブラルタル海峡スペインタトワンモロッコ

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世界大百科事典 第2版の解説

セウタ【Ceuta】

北アフリカ,モロッコの北端,ジブラルタルのすぐ対岸にあるスペイン領の都市で本国のカディス県に属する。アラビア語サブタSabta。人口6万7000(1970)。陸軍基地と軍港がある。背後の山はジブラルタルと対になり〈ヘラクレスの柱〉といわれる。古くフェニキア人の時代から商港として栄えた。1415年アラブ支配下にあった港をポルトガルが占領。のち1580年スペインに移譲した。対岸スペインのアルヘシラスから船便がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

セウタ
せうた
Ceuta

北アフリカ北西端、ジブラルタル海峡に臨むスペイン領の港湾都市。モロッコの北端から地中海へ向かって突き出た半島上に位置する。人口7万1505(2001)。海峡対岸、ヨーロッパ側のイギリス領ジブラルタルとともに、古来、軍事・航海上の要衝で、要塞(ようさい)都市として発達した。要塞は半島先端のアチョ山(190メートル)頂上にあり、古代のアビラにあたる。アチョ山は、「ジブラルタルの岩」とともに「ヘラクレスの柱」とよばれ、地中海の門となっている。ラテン名セプテム・フラトレスSeptem Fratres、アラビア語形セプタSebtaと称し、現名称はこれらに由来する。市街はアチョ山南西麓(ろく)の幅350メートル、長さ2キロメートルの地峡上を占める。経済活動は港湾業務が中心で、イワシを主とした漁業、缶詰などの食品加工、造船業が行われる。港は石炭、石油の輸入港、船舶の燃料補給港として重要で、年間の出入船舶はバルセロナに匹敵する。スペイン本土のアルヘシラスとの間にフェリーの連絡があり、南にあるモロッコのテトゥアンとの間に鉄道が通じる。スペイン軍の基地が置かれ、セビーリャ軍管区に属している。町はフェニキア人によって建設され、ローマ、バンダル、イスラム、ポルトガルと支配者がかわった。1415年にポルトガル軍が占領、1580年のスペイン・ポルトガル連合を経て1640年の連合崩壊後スペインの支配下にとどまった。以後ジブラルタルおよび南西45キロメートルのモロッコのタンジールに対抗して、自由都市、自由港として発展してきた。1936年スペイン内戦に際し、フランコ将軍が反乱軍をこの地で組織した。[田辺 裕・滝沢由美子]

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世界大百科事典内のセウタの言及

【エンリケ[航海王子]】より

…しかし,19世紀末以降の実証的な歴史研究によって,エンリケ伝説は次々と否定されるとともに,近年のエンリケ研究からは超人的・ルネサンス的イメージは後退し,より人間的・中世的側面が浮かび上がってきた。 1415年のアフリカ北西端セウタの征服はポルトガルの進出の出発点とされているが,それは同時にエンリケが歴史の舞台に登場する最初の機会でもあった。セウタは当時ヨーロッパに欠乏していた金がアフリカのスーダンから流入する豊かな市場として,またその後背地モロッコは古代ローマ時代から穀倉地帯として知られており,父王ジョアン1世が都市商人層の商業的欲求と貴族階級の領土的野心を合わせて満足させることのできる格好の攻撃目標であった。…

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