タチバナ(その他表記)Citrus tachibana Tanaka

改訂新版 世界大百科事典 「タチバナ」の意味・わかりやすい解説

タチバナ (橘)
Citrus tachibana Tanaka

ただ一つ日本原産とされるかんきつ類で,〈左近の桜〉に対する〈右近の橘〉として知られる。ヤマトタチバナともいう。文化勲章はこの花をかたどる。

 常緑の小高木で高さ3~5mになる。枝は緑色無毛で葉を互生する。葉は光沢があり,楕円状披針形で長さ約8cm。5~6月に咲く白色5弁花は,小さいがすっきりして美しく,芳香がある。黄色に熟す果実は小さく(10g),扁球形。果皮は薄く,剝皮容易で浮皮になりやすい。冬に色づく。苦みはないが酸味が強く,生食には向かない。種子数約4個。緑色で多胚。樹は病害に強く作りやすいので,暖地の庭園樹に向く。果実は,沖縄で芭蕉布を洗い光沢を出したり,糸を通し首飾にするのに用いられ,ときには栽培用ミカン類の台木として利用されることもある。四国,九州,沖縄などの日本南部,済州島,台湾の高地に自生するが,記紀にみえる〈非時香菓(ときじくのかくのみ)〉をタチバナとする説があるが,これはダイダイに当たるともいわれる。

 橘は古代日本のかんきつ類の総称で,その名前は〈立ち花〉に由来するとも,橘と考えられる非時香菓をもたらした伝説で有名な田道間守(たじまもり)の名に由来するともいわれる。京都紫宸殿(ししんでん)の〈右近の橘〉はタチバナ(ヤマトタチバナ)であるが,文献に現れる〈橘〉の多くは食用にもされるいろいろなミカン類(コウジ,ベニコウジ,キシュウミカンなど)をひっくるめて呼んでいることがあり,現在のタチバナ(ヤマトタチバナ)とは限らない。
執筆者:

タチバナのタチ(立ち)は神霊の顕現することで,橘は神霊があらわれて農事の開始を告げる聖なる花の意味であると考えられる。この花の咲く陰暦5月は橘月ともよばれ,人々はこの花を見て農事を開始したのだが,勧農鳥とされるホトトギスも橘に来て鳴くものとされた。橘は蜜柑(みかん)の古名とされ,記紀には垂仁天皇が田道間守を常世国(とこよのくに)に遣わして取りにいかせた〈非時香菓〉は〈今の橘〉とある。また《万葉集》に〈橘は実さへ花さへその葉さへ枝に霜降れどいや常葉の樹〉とあるように,秋に黄色にかがやく実をつける常緑樹で,古代人の夢みた長寿と幸福の理想国である常世国の象徴とされた。このため,万葉の時代には菖蒲草(あやめぐさ)とともに花橘が玉蘰(たまかずら)に作られ,招魂長寿の呪物(じゆぶつ)とされ,平安時代にも辟邪具(へきじやぐ)である卯槌(うづち)や薬玉(くすだま)に長寿を呪福するものとして山橘が飾られたりしたのである。《日本書紀》皇極3年の条には,東国で常世の神と称して虫が祀られたときに,常世虫は〈常に橘の木に生(な)る〉と記されている。
執筆者:

はじめ橘氏一族の家紋として用いられたが,橘氏がしだいに衰えて公家(くげ)から姿を消すにおよんで,武家の間で,井伊,黒田などがこの紋を用いた。日蓮宗が井筒(いづつ)に橘の紋を用いるのは,日蓮と井伊家との間に姓氏的な関係があったようにいわれているが明らかでない。種類は60~70種で,果実1個に5枚葉を配した基本形から,二つの向かい橘,違い橘,三つ橘,三つ割橘など,果実の数がふえるにしたがって種々の形があり,五つ橘くらいまである。紋所としては,比較的絵画的で,形がいいため染織意匠の単位模様としてもしばしば用いられている。
紋章
執筆者:

中国の現代簡体字では〈桔〉。蜜柑,柑子(こうじ),柚子(ゆず)の類の汎称(はんしよう)。合わせて橘柚(きつゆう),柑橘,橙橘(とうきつ)などと熟する。かつては浙江省衢州(くしゆう)が名産地で〈衢橘〉の称があり,《宦遊(かんゆう)筆記》ではその品種として朱橘,緑橘,漆碟紅(しつせつこう),金扁などの名をあげる。浙江省東部の温州や江蘇省蘇州の洞庭山もまた産地として知られた。唐の小説《柳毅伝(りゆうきでん)》に,湖南洞庭湖の竜王宮の入口に目印の橘樹があったという話から,蘇州洞庭山にも付会されて柳毅井の伝説地があり,周囲に橘樹が植えられていたという。また《神仙伝》に漢の蘇仙公が死に臨んで母に遺言し,来年は疫病が流行するが,庭の井戸水と軒端の橘の葉とを用いれば病を治すことができると告げ,果たしてその通りになった。この故事から〈橘井〉の語ができ,転じて医者のことにもいう。また〈橘は淮北に生ずれば枳(からたち)となる〉の語は,環境によって物の変化することをいうたとえに用いる。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「タチバナ」の意味・わかりやすい解説

タチバナ
たちばな / 橘
[学] Citrus tachibana Tanaka

ミカン科(APG分類:ミカン科)の常緑低木。台湾から日本列島の暖地の海に近い地方に自生する。日本に古くから野生した唯一の柑橘(かんきつ)で、別名ヤマトタチバナともいう。直立性で高さ4メートル、枝は密生し、長さ3~5ミリメートルの刺(とげ)をもつ。葉は狭卵形で細い鋸歯(きょし)があり、長さ5センチメートル、幅2センチメートル、葉肉は薄く、葉色の緑は中位。花は頂生または葉腋(ようえき)に単生する。萼(がく)は緑色で5裂し、花弁は白色で5枚、半開性である。花径2センチメートル、雌しべは1本、雄しべは約20本で、5~6月に開花する。果実は扁平(へんぺい)で直径3センチメートル、黄色に熟し、6グラム内外、ユズに似た香りがあり、剥皮(はくひ)は容易である。袋数は8内外、果肉は淡黄色で柔らかく、多汁であるが酸味が強く、食用には向かない。種子は大きく、多胚(たはい)性で、胚の色は緑色である。直立性の樹姿は美しく、庭園樹とされる。京都御所紫宸殿(ししんでん)の「右近(うこん)の橘(たちばな)」は「左近(さこん)の桜」とともに名高く、野生のタチバナの改良種であるといわれる。

[飯塚宗夫 2020年10月16日]

文化史

橘は古来、実体に混乱がある。中国では『周礼(しゅらい)』の「考工記(こうこうき)」に、「橘踰淮而北為枳」とあり、橘は華中の淮河(わいが)を越えると枳(からたち)になると書かれている。この橘や枳は現在のタチバナとカラタチでなく、いずれもダイダイの類であるとの見解が、中国でなされている。『日本書紀』や『古事記』は垂仁(すいにん)天皇が田道間守(たじまもり)を常世国(とこよのくに)に遣わし、求めさせた非時香菓(ときじくのかくのみ)を橘とする。この橘も現在のタチバナではなく、コウジミカン(コミカン)とする見方が古くからあり、田中長三郎はダイダイをあてた。しかしながら、『万葉集』には68の橘の歌が詠まれているが、多くは花や香りを歌い、果実は珠(たま)に貫く(薬草を玉にして邪気を払うまじない)などと取り上げられ、食用にはまったく触れられていない。中国では古代から橘皮(きっぴ)を調味料や薬用にし、『斉民要術(せいみんようじゅつ)』(6世紀)には、53例の橘果皮、3例の橘葉、生橘汁と橘核が各1例、使用法が載る。右近の橘は鎌倉初期の『平治(へいじ)物語』に「左近の桜、右近の橘」の記述があり、平安時代には成立していたが、さらにその起源を『江談抄(ごうだんしょう)』は、桓武(かんむ)天皇が紫宸殿の階(きざはし)の左右にサクラとタチバナを植えたのに始まり、左(東)は左近衛府(さこんえふ)、右(西)は右近衛府と警護の官人が詰めていたので、そうよばれるようになったと伝える。

[湯浅浩史]

 橘は藤(ふじ)や卯(う)の花とともに時鳥(ほととぎす)に配合され、『万葉集』の「橘の花散る里の時鳥片恋しつつ鳴く日しそ多き」(巻8・大伴旅人(たびと))は、『源氏物語』「花散里(はなちるさと)」の「橘の香(か)をなつかしみ時鳥花散る里をたづねてぞ訪(と)ふ」に受け継がれた。『古今集』の「五月(さつき)待つ花橘の香をかげば昔の人の袖(そで)の香ぞする」(夏)によって、追憶の象徴ともなった。『枕草子(まくらのそうし)』「木の花は」の段にもその風情が伝えられている。夏の季語。「駿河(するが)路や花橘も茶の匂(にほ)ひ」(芭蕉(ばしょう))。

[小町谷照彦 2020年10月16日]


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百科事典マイペディア 「タチバナ」の意味・わかりやすい解説

タチバナ(橘)【タチバナ】

ミカン科の常緑小高木で日本原産の小柑橘(かんきつ)。京都紫宸殿の〈右近の橘〉としても知られる。樹高は3m内外。枝にはとげがあり,葉は小型で,花は白色。果実は小さな扁球形で径2〜2.5cm,10g内外,黄色に熟す。皮はむきやすいが果肉は酸味が強く,生食できない。種子4〜6個を有する。葉と果実を配した橘紋は,古くは橘氏の,武家では井伊,黒田氏等の家紋であった。
→関連項目万葉植物

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日本の企業がわかる事典2014-2015 「タチバナ」の解説

タチバナ

正式社名「株式会社タチバナ」。英文社名「TACHIBANA CO., LTD.」。金属製品製造業。昭和30年(1955)創業。同34年(1959)設立。本社は大阪市西淀川区御幣島。電設資材メーカー商社。電気設備配管資材、高速道路通信用・トンネル用照明設備、土木建設用電設資材などの開発・製作を手がける。

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デジタル大辞泉プラス 「タチバナ」の解説

たちばな〔菓子〕

滋賀県彦根市、奥井風月堂が製造・販売する銘菓。小豆餡を柚子の風味を付けた求肥で包んだもの。

たちばな〔道の駅〕

福岡県八女市立花町にある道の駅。国道3号に沿う。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「タチバナ」の意味・わかりやすい解説

タチバナ

「カラタチバナ(唐橘)」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内のタチバナの言及

【田道間守】より

…日本神話にみえる伝説的人物。但馬の国の国守(くにもり)の意。新羅(しらぎ)国の王子天日槍(あめのひぼこ)の子孫。垂仁天皇はタジマモリを常世国(とこよのくに)に遣わし,非時香菓(ときじくのかくのみ)(時を定めずいつも黄金に輝く木の実)を求めさせた。これを〈橘〉と言う。天皇はやがて他界,その翌年,タジマモリは橘の,八竿八縵(やほこやかげ)(竿は串ざしにしたもの,縵は干柿のように緒(いと)でつないだもの)を持って常世国から帰朝したが,天皇はすでになく,御陵の前で叫び哭(な)いて自殺したという。…

※「タチバナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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