繁殖期になると,特有の体色を示す動物がいる。繁殖期に限って現れるこの体色を婚姻色という。体全体にわたって婚姻色が現れることはほとんどなく,たいていは体の一部が目だつ色に変わる。ふつう雄において顕著であるが,雌においても多少の色彩の変化が認められることが多い。婚姻色は魚類,両生類によくみられ,たとえばタナゴの仲間やトゲウオの一種イトヨでは,雄のあごの下から腹部にかけての皮膚が赤色に変わる。タナゴやアユなどの淡水魚では,えらぶたや鰭条(きじよう)に真珠様の白色小体が多数現れるが,これはとくに追星pearl organと呼ばれる。イモリでは雄の尾が光沢のある強い藍色を帯びてくる。爬虫類にも婚姻色のみられるものがあり,たとえばニホントカゲの雄では,あごの下が赤褐色に色づく。鳥類では,繁殖期に入る前の換羽によって,雄がしばしばきわめてはでな羽毛をまとうものが多い。これも婚姻色の一種であるが,単なる皮膚の着色ではないためとくに婚衣nuptial plumageと呼ばれる。
繁殖期の到来に伴って精巣が発達,成熟し,その結果雄性ホルモン分泌がさかんとなって,色素形成,羽毛形成に変化が起こり,婚姻色や婚衣が生ずることは,実験的にもたしかめられている。
婚姻色はふつう,同種の雄どうしの間では闘争を解発するリリーサーとなる一方,同種の雌に対しては配偶行動の引金となる。このことはイトヨについてよく解析されており,みずからも婚姻色を呈している成熟したイトヨの雄は,赤い婚姻色を示す同種の雄をめがけて攻撃し,なわばりを獲得,維持しようとする。同じ行動は,下方を赤く塗った木製のモデルによっても解発される。一方,イトヨの雌は,このように,赤い部分をもつもの(実物の雄でもモデルでもよい)が,特定の動きを示すとそれに反応し,雌の配偶行動が解発される。イトヨの近縁種で同じ場所に住むイバラトミヨの婚姻色は黒であり,異種間での無用な闘争や求愛は避けられている。婚姻色は人間の目には美しく映るが,動物どうしの間では種内コミュニケーションのための重要な視覚的信号として機能している。
執筆者:日高 敏隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
動物において主として繁殖期に際だって現れる体色のこと。魚類、両生類、爬虫(はちゅう)類などの色素胞によっておこる体色変化の場合に普通用いられる。特定の種の成熟した雄に現れることが普通で、雌に現れる場合でも顕著でないことが多い。たとえば、アユ(魚類)の雄やウグイ(魚類)の雌雄では腹部が鮮赤色になり、アカハライモリ(両生類)の雄は尾の側面が紫色になり、ニホントカゲ(爬虫類)の雄は頬(ほお)・のどから腹部にかけてが赤くなる。一度に多くの色彩が現れることもあり、繁殖期のヤリタナゴ(魚類)の雄は、背面が緑青色、腹部は最下部が黒色のほかは桃色、頬から胸びれ後方は紅色で、背びれと臀(しり)びれの先端部は赤色である。婚姻色が個体の性を判別する規準となることも多く、その場合とくに性徴として取り扱われる。産卵期にキンギョ(魚類)のえらぶたなどに出る粒々(追い星)や、オビイモリ(両生類)の雄にみられる際だって隆起した背部などは、婚姻色と類似した性徴の例である。これらの性徴は、繁殖期に脳下垂体から分泌される生殖腺(せん)刺激ホルモンによって精巣から分泌される、雄性ホルモンの影響で発現すると考えられている。婚姻色が他の雄を追い払ったり、脅したりする役目や、また雌の服従行動や性行動を促す役割を果たすことが明らかになった例も多い。
[片野 修]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 ダイビング情報ポータルサイト『ダイブネット』ダイビング用語集について 情報
…たとえば,隠蔽色のうち,被食者のいわゆる保護色では,背地の色あるいは紋様に適応する速い生理学的変化の例が多く知られている。標識色の代表例である婚姻色は繁殖期に現れる美しい彩色であり,形態学的変化に属する。形態学的変化は一般的に内分泌系の制御による。…
※「婚姻色」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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