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タピエス Tàpies, Antoni

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

タピエス
Tàpies, Antoni

[生]1923.12.13. バルセロナ
[没]2012.2.6. バルセロナ
スペインの画家。フルネーム Antoni Tàpies Puig, marqués de Tàpies。バルセロナ大学で法律を学んだが,のち美術の道へ転じた。1948年バルセロナで前衛文学・芸術グループ「さいころの7の目」を結成。1950年最初の個展を開いた。当初,シュルレアリスム画家ジョアン・ミロ,パウル・クレーの影響を受けて幻想的な絵画を描いたが,ジャン・デュビュッフェの影響を受けて抽象美術へと向かった。作品は壁のような厚塗りの画面に印をつけたり,物をはりつけたりする方法に特色がある。1960年代にはスペインの戦後派の代表的存在としてクローズアップされ,国際的に注目された。1990年,2000余の作品を収蔵するタピエス・ファンデーションがバルセロナに開設された。2010年に侯爵の称号を世襲した。

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デジタル大辞泉の解説

タピエス(Antoni Tàpies)

[1923~2012]スペインの画家。定形を否定するアンフォルメル画家の一人。画面に砂や土を混ぜたり、ぼろ布を貼りつけたりした抽象画で知られる。

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百科事典マイペディアの解説

タピエス

スペインの画家。バルセロナ生れ。バルセロナ大学法学部に在籍中からさまざまな物質を用いて絵画の枠を超える制作をしていたが,1948年〈ダウ・アル・セット(骰子の七つの目)〉グループの設立に参加,画家としての道を歩み始める。

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世界大百科事典 第2版の解説

タピエス【Antoni Tàpies】

1923‐
スペインの画家。バルセロナ生れ。ピカソ,ミロ,ダリの世代につぐスペイン現代絵画の代表者。コラージュから出発し,若い批評家や画家仲間とグループ〈ダウ・アル・セットDau al Set〉(1948‐51)を結成。クレーやミロの影響をうかがわせるシュルレアリスム的作風の時代を経て,1950年パリに留学,アンフォルメルを知る。以後ふたたびマチエールの研究に戻り,画面に砂やラテックスなどを導入した。その,スペインの風土や民家の壁を彷彿とさせる〈熱い抽象〉は,現代の苦悩の最も優れた表現の一例として知られている。

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大辞林 第三版の解説

タピエス【Antoni Tapies】

1923~ ) スペインの画家。画面に砂や土を混ぜ、廃品やぼろ布を貼りつけた作品で、生まれ育ったカタロニア地方の風土を表現する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

タピエス
たぴえす
Antoni Tpies
(1923―2012)

スペインの画家。バルセロナに生まれる。ピカソ、ミロ、ダリの世代に続き、1950年代から1970年代にかけてのスペイン前衛絵画の主導者。コラージュから出発したが、1948年、ジョアン・タラッツJoan Jose Tharrats(1918―2001)、モデスト・クイッシャルトModesto Cuixart(1925―2007)、ジョアン・ポンスJoan Ponc(1927―1984)らとともに前衛集団「ダウ・アル・セット」Dau al Set(7の目のさいころ)を結成、クレーやミロの影響をうかがわせる超現実主義的で魔術的な絵画に進んだ。1950年、パリに留学してアンフォルメル絵画を知り、ふたたびマチエールの研究に戻った。彼の、スペインの荒涼たる大地や長大な時を刻んだ民家の壁、あるいは打ち砕かれた扉を思わせる熱い抽象は、内戦に打ちのめされたスペインの苦悩、ひいては現代の苦悩を表現している。1984年には、近・現代美術の研究とそれを知るための場として「アントニ・タピエス財団」を創設した。同財団は19世紀末のカタルーニャ・モデルニスモ建築の始まりを告げるといわれるドメネク・イ・モンタネルLluis Domenech i Montaner(1849―1923)による「モンタネル・イ・シモン出版社」のかつての社屋であったものを改築した建物にあり、特別展の企画、講演会や映画の上映など現代美術と文化の発展に貢献している。同時に、タピエスの作品コレクションも収蔵、1990年アントニ・タピエス美術館として開館した。[神吉敬三・岡村多佳夫]
『『タピエス展 カタロニア賛歌・壁の画家』(1976・西武美術館) ▽ペレ・ジムフェレル著、松原俊郎日本語版監修『タピエスとカタルニア』(1976・毎日コミュニケーションズ) ▽ヴィクトリア・コンバリア・デグセウス著、伊藤洋子訳『アントニ・タピエス』(1991・美術出版社) ▽中山公男監修、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館ほか編『アントニ・タピエス』(1996・アートライフ) ▽田沢耕訳『実践としての芸術』(1996・水声社)』

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世界大百科事典内のタピエスの言及

【スペイン美術】より

…それ以後のピカソは,パリとスペインを往復しながら,イベリア彫刻,黒人彫刻,エジプト壁画などのもつ現代的な創造性に着目した《アビニョンの娘たち》によって現代絵画の始祖となり,キュビスム革命によって,ルネサンス以来の絵画伝統を否定し,完全に自律的な二次元空間としての絵画への道を開いたのである。ピカソとともにキュビスム運動を進めたフアン・グリスJuan Gris(1887‐1927),シュルレアリスムの枠を越したJ.ミロ,S.ダリ,さらにはタピエスAntoni Tapiès(1923‐ )を中心とした1960年代のスペイン・アンフォルメルの活躍などが,20世紀を,スペイン絵画史上の第2の〈黄金時代〉たらしめている。【神吉 敬三】。…

【スペイン美術】より

…それ以後のピカソは,パリとスペインを往復しながら,イベリア彫刻,黒人彫刻,エジプト壁画などのもつ現代的な創造性に着目した《アビニョンの娘たち》によって現代絵画の始祖となり,キュビスム革命によって,ルネサンス以来の絵画伝統を否定し,完全に自律的な二次元空間としての絵画への道を開いたのである。ピカソとともにキュビスム運動を進めたフアン・グリスJuan Gris(1887‐1927),シュルレアリスムの枠を越したJ.ミロ,S.ダリ,さらにはタピエスAntoni Tapiès(1923‐ )を中心とした1960年代のスペイン・アンフォルメルの活躍などが,20世紀を,スペイン絵画史上の第2の〈黄金時代〉たらしめている。【神吉 敬三】。…

※「タピエス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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