日本大百科全書(ニッポニカ) 「デュビュッフェ」の意味・わかりやすい解説
デュビュッフェ
でゅびゅっふぇ
Jean Dubuffet
(1901―1985)
フランスの画家。ル・アーブルに生まれる。同地の美術学校に学ぶが、1918年パリに出てアカデミー・ジュリアンに入る。しかし6か月学んだだけで独学を決意。文学、音楽、外国語などに多角的な関心をもって青年期を過ごすが、兵役終了後、8年にわたって画業を中断し、家業のぶどう酒商に従事し、1930年に彼自身の商会を設立しベルシーに住む。しかし33年ふたたび絵筆をとり、さらに顔をかたどった仮面や人形を制作。37年から5年間、再度、絵画を放棄してぶどう酒業に専念。第二次世界大戦で気象観測隊に動員され、1942年から完全に画業に専念することとなる。「貴族的な芸術、あるいは礼拝堂の芸術」を否定し、自由な線描、油彩に砂やタールを混ぜた画面にグロテスクな、あるいはユーモアのある人物像などを線で彫り込んだ画風は、大戦後の新たな絵画として多くの批評家にもてはやされた。
肖像画を「反心理学的、反個人的」と規定し、サハラ砂漠に三度飛行して「妖精(ようせい)的風景」を探求するデュビュッフェは、「文明の枠の外」にある狂気、弱者の芸術として彼の作品を構想し、それらを「アール・ブリュト」L'art brut(生の芸術)と名づけた。その後もポリエステルの彫刻など、自由な材料と自由な技法で、合理的精神の枠外にある人間や大地を表現し続けた。
[中山公男]
『針生一郎解説『現代世界の美術21 デュビュフェ』(1986・集英社)』