タージ・マハル(読み)たーじまはる(英語表記)Tāj Mahall

日本大百科全書(ニッポニカ) 「タージ・マハル」の意味・わかりやすい解説

タージ・マハル
たーじまはる
Tāj Mahall

インド北部、ウッタル・プラデシュ州アグラ郊外にある廟墓(びょうぼ)で、インドの代表的イスラム建築。ムガル朝第5代皇帝シャー・ジャハーン(在位1628~58)が1631年に36歳で亡くなった愛妃ムムターズ・マハルのためジャムナ(ヤムナ)川右岸に建造したもので、完成まで18年あるいは22年をかけたといわれる。タージ・マハルとは「マハルの王冠」の意味。建築の主体は大きな方形基壇の上にそびえ、1辺56メートル、中央の大ドームの高さ58メートル、基壇の四隅にはミナレットが建つ。これら建築の素材はすべて白大理石で、外側の石面には黒・黄などの貴石を象眼(ぞうがん)した装飾を施している。廟の内部中央には王妃の、その傍らに王の墓石を安置し、その周囲には透彫りをした大理石障屏(しょうへい)を巡らし、真の墓石は地下墓室に安置されている。廟と楼門の間は噴水を一列に設けた細長い池があり、イスラム風庭園の形式につくられている。また廟の両側には赤砂岩造のモスクと集会堂が対称をなして建ち、建築全体の均衡を保っている。設計者には皇帝の主任建築家ウスタッド・アフマド・ラホリの名があげられるが、彼は各工匠のまとめ役とみるべきで、イスラム世界各地から一流技術者が参画したと考えられる。1983年に世界遺産文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。

[永井信一]

『渡辺建夫著『タージ・マハル物語』(1988・朝日新聞社)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「タージ・マハル」の意味・わかりやすい解説

タージ・マハル
Tāj Mahal

1632頃~54年,インドのアーグラに,ムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンが愛妃ムムターズ・マハルのため巨費を投じて建てた墓廟。のちに帝も同廟に葬られた。インド=イスラム墓廟建築の一つの頂点とされる。敷地はジャムナ川南岸にあり,およそ南北 560m,東西 300mの広さをもつ。墓廟本体は1辺約 57mの隅切り方形プランの設計がなされ,四方に大イーワーンを開く。上には球根形大ドームと四つのパビリオン (小亭) とが載り,高さは基壇上約 58m。基壇の四隅には高さ約 42mのミナレットが建つ。外壁はすべて白大理石張りで精細な象眼彫刻が施されている。内部には中央に妃のセノタフ (墓石) ,その脇に帝のセノタフがあり,それを囲むスクリーンの象眼は精巧をきわめる。また,墓廟の前の庭には,十字形の水路が設けられている。 1983年世界遺産の文化遺産に登録。

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百科事典マイペディア 「タージ・マハル」の意味・わかりやすい解説

タージ・マハル

インドのアーグラにある,シャー・ジャハーン帝国の妃ムムターズ・マハルの廟。帝が妃の死を悲しんで1632年ころ着工,各地の名匠を集め,巨費を投じて1653年に完成したという。白大理石で築かれた方形の主建築は,広大な庭園の北端に設けられた高さ約5.5mの基壇の中央にあり,高さ約25mの大ドームをもつ。ドームの下の広間の地下に墓室を置く。基壇の四隅にあるミナレットや,基壇の東西にある建物も白大理石で構築されており,インド・イスラム建築の代表作。1983年世界文化遺産に登録。
→関連項目アーグラ

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「タージ・マハル」の解説

タージ・マハル
Tāj Mahal

インド,ムガル帝国シャー・ジャハーンが愛妃ムムターズ・マハルのために建てた廟。インド北部のアーグラー市,ジャムナー河畔にある。美しいドームを持ち,白大理石で造られたこの建物は,ムガル帝国期の代表的建造物の一つに数えられている。

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