翻訳|symmetry
図形において,対応する各部が,ある点や直線または面などを介して,互いに等距離に配置された状態。幾何学でいう左右対(相)称,点対称など(対称)。古代ギリシア語の〈シュンメトリアsymmetria〉が語源で,これは事物の大きさがある共通の尺度で測り切れる(割り切れる--通約)状態を指し,さらにある基準に対して一定の比例を保つこと,またそのような比例の保証する美的・宇宙的調和をも意味した。幾何学的対称はこの本来の語義の一部にすぎず,このように限定されたのは近世以後のことである。建築や庭園におけるシンメトリーは,人々の世界観,宇宙観と深く結びついている。エジプトのピラミッドとそれをとりまく葬祭施設の厳格な対称性は,生者の世界と死者の世界とを等置する二元的世界観と不可分のものであるし,インドの仏教建築におけるストゥーパを中心に展開する中心型シンメトリーの配置は,曼荼羅的宇宙観をそのまま表現したものであった。中国の都城や宮殿,祖廟などは,厳格な格子状配置と明確な軸性をもち,空間的というより抽象的な記号的秩序となっている。日本の美術における対称の表現はほとんど中国伝来のもので,むしろ対称性の欠如ないし意識的な否定が本来的特色とされることがあるが,けっしてシンメトリーの感覚が欠けているのでないことは,空間感覚の中に独自の比例秩序がゆきわたっていることからも明らかである。古代メキシコのピラミッド群は,古代エジプトの対称軸が排他的な閉ざされた空間系であるのと違い,主軸に対しさまざまな副次的な軸が枝状に派生してゆく開放的な系をもっている。
古代ギリシア人は理想的人体のシンメトリーに着目し,そこから円柱を基本とする建物全体の調和的比例の体系(オーダー)をつくりあげたが,建物の群や都市空間の幾何学的秩序には,ほとんど意を用いなかった。しかしヘレニズム時代には,東方の影響をうけ,壮大な幾何学的秩序をもつ都市が建設され,それと同時に,空間的対称性を平面上に抽象化して把握する書割り的(透視図法的)認識が芽生えてくる。ローマ建築は,先行する文化の多様なシンメトリー観を受け継ぎ,それらを統合して,古典様式建築とシンメトリーとの結びつきを決定的なものとしたが,とくにネロ帝以後は,単なる幾何学的対称性を超えた抽象的な空間秩序を体現していた。
キリスト教の建築は,その形式の多くをローマ建築に負っているが,その空間を特徴づけている単純な前方進行型の軸性や中心型のシンメトリー(集中式プラン)は,東方文化に由来するものであり,ビザンティンの建築ではさらにそれが明確となっている。イスラム建築はビザンティンの影響を強く受けたが,〈アラベスク〉の名で知られる精緻な幾何学的装飾文様の秩序を建築の中にとり入れ,東方的な中心性を均質な装飾パターンの秩序におきかえ,拡散させることにより,独自の空間をつくり出した。中世ヨーロッパの建築では,成長してゆく有機体のシンメトリーに対する関心が強く,ときには一見不規則なその秩序が幾何学的対称性を覆い隠してしまうことがあった。
ルネサンスは,古典建築技法とともに幾何学的対称性をよみがえらせ,15世紀には透視図法や求心的構造の〈理想都市〉がもてはやされる。16世紀に入ると,帝政期ローマのような高度の抽象的シンメトリーを体現したものが現れる一方,故意にシンメトリーを崩そうとするいわゆるマニエリスムの傾向も見られた。また庭園にも人工的な幾何学的対称性が導入され,自然観に大きな変革をよびさますこととなった。バロック建築は,シンメトリーを静的な空間秩序ではなく,運動や力の作用する方向を指し示すものとしてとらえ,極端な透視図法的効果や空間の故意のゆがみ,鏡による幻惑など,あらゆる手法を動員して壮大な空間のドラマをつくり上げたが,多くの場合,それらは権力者の強大な力を誇示するための手段として用いられた。新古典主義の建築家たちは,バロック建築に見られるゆがみを排し,純粋な幾何学的手法だけによって,完璧な対称的空間を実現しようとしたが,これも結果的に権力の誇示の道具となることが多かったといえる。近代主義の建築は,こうした古典主義の美学と結びついたシンメトリーを否定しようとしたが,その手段として用いられた機械の美学の中には,より必然的なかたちでシンメトリーの論理が内包されており,これにどのように直面してゆくかが,現代の建築家たちに課せられた大きな課題となっている。
→オーダー →比例
執筆者:福田 晴虔
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
左右がまったく同じ形であることをいい、左右対称、左右均整などと訳される。シンsymは同じの意、メトリーmetryは寸法の意をもち、部分と部分、あるいは部分と全体とのつり合いがよくとれていることをいう。安定した調和のある形であるため、建築、絵画や装飾品などにも、シンメトリックな構図が用いられている。
[宇田敏彦]
…一般にある図形または物体が一つの直線(相称軸)または平面(相称面)によって,鏡像をなす二つの部分に分けられることをいう。数学でいう対称とほぼ同じ概念であるが,対称が厳密な概念であるのに対し,相称は原則的に鏡像をなすことをさし,数学的厳密性を必要としない。生物学では,生物体の全体または一部の外形を整理分類するのにこの概念が用いられる。E.ヘッケルは1866年,系統類縁関係による分類とは別に,生物体の軸・極・相称性によって生物界を形態学的に分類することを提唱し,この体系を〈基本形態学Promorphologie〉と名づけた。…
…平面上または空間内に定点Oがあるとき,平面上または空間内の各点Pに対し,線分POの延長上にPO=OP′となる点P′をとって,PをP′にうつす対応を考える。この対応をOを対称の中心とする対称変換と呼び,対応する2点P,P′をOに関する対称点と呼ぶ。また,この変換で図形Fが図形F′にうつるとき,FとF′はOに関して点対称であると呼び,とくにF=F′のときFをOに関して点対称な図形という(図a)。例えば,円や球はそれらの中心に関して,平行四辺形や平行六面体は対角線の交点に関して点対称な図形である。…
… 非相称性もまた,日本建築意匠の著しい特色である。宗教建築や宮殿建築においては,荘厳性を高めるため左右対称(シンメトリー)とするのが世界中どこでもふつうに行われているが,日本では出雲大社や法隆寺に見られるように,古くから非相称形が行われ,住宅でも最初左右対称であった寝殿造は,平安時代末期からは対称形でなくなり,書院造などは最も格式的である上段の間においてさえも,最初から床(とこ),棚,付書院(つけしよいん)という非相称形に出発している。 装飾の少ないことも,日本建築の大きな特徴の一つである。…
※「シンメトリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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