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ダルウィーシュ Darwīsh

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ダルウィーシュ
Darwīsh

アラビア語,ペルシア語,トルコ語で,イスラムの托鉢修道者をいう。英語ではデルビシュ dervish。古典アラビア語でいう faqīr (貧者) のこと。イスラムでは僧職階級も僧院もないのが原則で独自の宗教教団も当初はなかった。 12世紀頃からイスラムが都市の下層民や農民の間に急速に広まり,いくつもの教団が組織された。そのような教団に属する托鉢修道者は,ほかに生業をもたず僧に似た性格をもっていた。

ダルウィーシュ
Darwish, Mahmud

[生]1942.3.13. イギリス領パレスチナ,ビルワ
[没]2008.8.9. アメリカ合衆国,テキサス,ヒューストン
パレスチナの詩人。20冊をこえる詩集や散文集を通じて,パレスチナ人の苦闘を表現した。1948年のイスラエル建国後,一家でレバノンに逃れた。1年後故郷に戻ったが,一家は「不法滞在の外国人」として扱われた。1970年モスクワに留学。その後カイロ,ベイルート,ロンドン,パリ,チュニスを転々としたが 1996年に帰国し,ヨルダン川西岸地区のラマラに居を構えた。亡命の経験が創作の源となり,たびたび祖国パレスチナを母親や非情な最愛の人にたとえて描いた。2002年に発表した長編詩 "Halat hisar"では,イスラエルによるたび重なるラマラの占領とパレスチナ人の孤立感を表現しつつも,双方の対話を通じて平和共存を実現できると説いた。パレスチナ解放機構 PLOの幹部としても活動し,1988年にはパレスチナ民族評議会の独立宣言を起草したが,1993年イスラエルとの和平協定(オスロ合意)に反対して PLOから離脱した。(→パレスチナ暫定自治協定

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百科事典マイペディアの解説

ダルウィーシュ

詩人。パレスティナの国民的詩人で,パレスティナ民衆の抑圧感と苦難と抵抗をうたった詩は高く評価され愛された。その死に際して,アラファートに次いで2人目の国葬が行われ,全パレスティナが喪に服したといわれる。

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世界大百科事典内のダルウィーシュの言及

【デルウィーシュ】より

…イスラム神秘主義の教団(タリーカ)に属する修道者。ダルウィーシュdarwīshともいう。この語の語源はペルシア語であるとされているが,その当否は不明である。…

※「ダルウィーシュ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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