チェイニー(その他表記)Cheney, Dick

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「チェイニー」の意味・わかりやすい解説

チェイニー
Cheney, Dick

[生]1941.1.30. ネブラスカ,リンカーン
[没]2025.11.3.
ディック・チェイニー。アメリカ合衆国の政治家。フルネーム Richard Bruce Cheney。共和党のジョージ・W.ブッシュ大統領のもとで第46代副大統領(在任 2001~09)を,ジョージ・H.W.ブッシュ大統領のもとで国防長官(在任 1989~93)をそれぞれ務めた。有力政治家として絶大な権力をふるい,世論を二分する存在だった。
ワイオミング州で育ち,1959年にエール大学に入学したが卒業にはいたらず,ワイオミング大学で政治学を学び,1965年に学士号を,1966年に修士号を取得。一時,ウィスコンシン大学大学院の博士課程にも在籍していた。1968年にワシントンD.C.に移って議会フェローとなり,1969年にリチャード・ニクソン政権のスタッフとして働く。1973年に一時ホワイトハウスを離れたが,1974年にジェラルド・フォード大統領の副補佐官となり,1975~77年に首席補佐官を務める。1978年にワイオミング州選出の連邦下院議員に初当選し,その後 6期にわたって議員を務め,共和党の院内副総務まで昇進する。1989~93年の国防長官時代には,ソビエト連邦解体後の軍縮を主導し,パナマ紛争への軍事介入や湾岸戦争への参戦も指揮した。1992年にブッシュが再選を逃したあとは,保守系シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ研究所のフェローを務め,1995年にはエネルギー産業向けに製品・サービスを提供するハリバートンの会長兼最高経営責任者 CEOに就任した。2001~09年は副大統領として精力的に仕事をし,ブッシュ政権のエネルギー政策や中東政策に影響力を及ぼした。イラク戦争開戦の口実となった,サダム・フセイン政権による大量破壊兵器 WMD開発に関する情報の提供において重要な役割を担ったが,大量破壊兵器は結局発見されなかった。フセイン政権崩壊後のイラクの復興に向けて,かつて在籍していたハリバートンがアメリカ政府から巨額の復興契約を獲得したことから,便宜をはかったとの疑いがもたれた。政界引退後の 2010年,37歳のとき以来 5度目となる心臓発作に見舞われ,2012年に 71歳で心臓移植手術を受けた。著作に,娘リズと共著の回想録"In My Time: A Personal and Political Memoir"(2011),心臓外科医と共著の『心臓:患者と医師,そして医療の進歩の35年にわたる物語』Heart: An American Medical Odyssey(2013),リズと共著の"Exceptional: Why the World Needs a Powerful America"(2015)がある。

チェイニー
Chaney, Lon

[生]1883.4.1. コロラド,コロラドスプリングス
[没]1930.8.26. ロサンゼルス
アメリカの舞台・映画俳優。メークアップと変装がうまく,恐怖映画の怪人役として一世を風靡した。代表作は『オペラ座の怪人』 (1925) 。

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