1510-11年にシュトラスブルク(現,ストラスブール)のグリーニンガー書店から出版され,版を重ねた《ディル・ウーレンシュピーゲルDyl Ulenspiegelの退屈しのぎ話》の主人公(本来はウーレンシュピーゲルとよんだ)。著者はブラウンシュワイクの徴税書記ヘルマン・ボーテとみられている。
ブラウンシュワイク近くのクナイトリンゲン村に生まれたティルが,村を出て各地で手工業職人や画家,医師などさまざまな職業につきながら,まわりの人々,とくにいばりかえった親方や役人,医者や貴族,教皇などをこけにしてゆく滑稽話が全体で95話集められている。先行する《司祭カーレンベルク》《司祭アーミス》その他フランスの《ファブリオ》やビヨンの作品などからも題材がとられ,著者が古今東西の滑稽話をおりこみながら,1350年にメルンで死んだとされる主人公ティルの生涯を語る形をとっている。本書の話の中で遍歴職人の生活や当時の社会のありようが具体的に描かれている。また道化を主人公として既存の秩序を逆転してみせることによってすぐれた風刺の書ともなっている。
この書物は1515年,19年にも版を重ね,1867年にはデ・コスタCharles de Coster(1827-79)の《ウーレンシュピーゲルとお人よしのゲドツァク》が,想を新たにしてフランドルのダム生れのネーデルラント解放の戦士としてのオイレンシュピーゲルを登場させている。近代に入ると,R.シュトラウスの交響詩やケストナーの翻案によって,子ども向けの《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》として知られ,各国語に訳されて,世界中に道化者の話として普及してゆく。しかし子ども向けの道化話となってしまったために,かつての社会批判としての性格は失われていった。
執筆者:阿部 謹也
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低地ドイツ語ではUlemspegel。英雄豪傑物語と、庶民の間で語り伝えられた滑稽(こっけい)茶番をもとにして、16世紀初頭ドイツで出版された民衆本の主人公。ヨーロッパ各国語に訳されて世界文学の人物となった。その特徴は、ことばの多義性を逆手にとって人の鼻を明かすところにある。たとえば比喩(ひゆ)的な命令を文字どおりに実行したりする。14世紀に実在したともいわれるこの人物は、軽蔑(けいべつ)された農民出身の放浪児としてドイツ中を渡り歩き、ことばの才をもってあらゆる社会階層にいたずらをしかけ、人々の笑いを誘うとともに、やがて教育的意味を加えるようになった。近代になって劇・オペラの素材として広く用いられたが、なかでも有名なのが「ロンドー形式による音の無頼の物語」の副題をもつリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』(作品28。1894~95作曲、1895ケルン初演)である。
[尾崎賢治]
『藤代幸一訳『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』(1977・法政大学出版局)』
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…長編叙事詩も残したが,本領は娯楽と教訓を兼ねた短編叙事詩《ファブリオFabliau》で,騎士文学とは異なった視点から好んで男女,夫婦の間柄をテーマにした。代表作は狡猾でいたずらな僧アミースAmisを主人公とする一連の冒険談で,この人物像は後の《ティル・オイレンシュピーゲル》につながる。【岸谷 敞子】。…
…その一方散文は別の次元に育ちはじめ,法書《ザクセンシュピーゲル》がドイツ語で書かれたのが一つの実験となって,エックハルトなどの神秘思想家が思弁的表現の領域にこれを活用するようになり,ルターやミュンツァーなどの宗教改革者の論説によって深く民衆に浸透する。ルターの聖書翻訳と印刷術の発明が統一的な文章語の成立と普及に大きな役割を演じ,宗教改革と農民戦争に際して配布された多数のビラ,それにまた《ティル・オイレンシュピーゲル》などの民衆本も,それを助長する効果があった。
【近世(17~19世紀初頭)】
[国土の荒廃とバロック文学]
17世紀は,悲惨な三十年戦争の影響を全面的にうけて国土が荒廃し,一般に厭世観の強い時代であった。…
※「ティルオイレンシュピーゲル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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