改訂新版 世界大百科事典 「民衆本」の意味・わかりやすい解説
民衆本 (みんしゅうぼん)
Volksbücher
宗教改革と人文主義の時代である15~16世紀のドイツ文学史上の一ジャンルで,内外の古い伝説や物語を民衆向きに改訂したり新たに書き下ろされた,散文の娯楽小説である。名称は後世のロマン派のゲレスの著書(《Die teutschen Volksbücher》1807)に由来する。民衆本とはいっても作者不詳を除き,著者,改訂者,翻訳者は民衆でなく高名な人々であった。彼らは必ずしも民衆のための本とは考えなかったようだが,おりからの印刷術の発明による大量生産のため,16世紀後半には文字どおり民衆のための本となった。親しみやすい木版画を添えた印刷本が廉価で提供されたため,これまで読書と無縁だった小市民,手工業者,農民の間で広く愛好されたのである。言語は学者や聖職者の用いるラテン語でなく,初期新高ドイツ語と呼ばれる当時の平易な民衆の言葉で書かれている。一口に民衆本といってもこの範疇に入れられた作品はきわめて多く,また素材も成立もさまざまである。代表作をあげれば,フランス種で美しい姫と騎士の別離と再会を描いた《麗わしのマゲローネ》,ゲーテによって取り上げられた《ファウスト博士の物語》(ファウスト),ニーベルンゲンの英雄《不死身のジークフリート》(ジークフリート),ラーレブーフの改訂版《シルダの人びと》等がある。中でも最近注目を集めているのが《ティル・オイレンシュピーゲル》である。これらはベストセラーとして当時の人々の心を慰めただけでなく,後世に文学的遺産を残している。
執筆者:藤代 幸一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報