改訂新版 世界大百科事典 「テントウムシ」の意味・わかりやすい解説
テントウムシ (天道虫)
甲虫目テントウムシ科の昆虫の総称,またはそのうちの1種を指す。テントウムシHarmonia axyridisは日本各地にふつうに見られる種類でナミテントウとも呼ばれる。体長7~8mm。シベリア,中国,台湾などにも分布する。上翅の斑紋は変化に富むが,地色が赤色の個体(紅型),黒地に赤色多紋の個体(斑型),黒地に赤色4紋の個体(四紋型),黒地に赤色2紋の個体(二紋型)に分けられる。成虫は春から秋まで活動するが,7月下旬から9月上旬にはその数が減る。卵から成虫までの期間は4~6月では約1ヵ月間で短い。幼虫は成虫と同様にアブラムシ類を捕食する。黒い幼虫の体はやがて黄赤色紋にいろどられ,紋の形(第1腹節から第5腹節まで左右に帯状紋)などで他種から区別できる。4回目の脱皮で蛹化(ようか)する。雌の新成虫は羽化して約2週間後には産卵を始める。1卵塊は20~40卵が多い。10月下旬ころから人家,草の根もと,落葉の下などに移動し,集団で冬眠をすることが多い。マツのアブラムシを捕食するクリサキテントウH.yedoensisの成虫は本種の成虫に酷似し,容易に区別できないが,幼虫の斑紋が異なる。
テントウムシ科
テントウムシ科Coccinellidaeは世界から約4200種,日本から約160種が記録されている。体長は1~15mm。半球形の体は赤色と黒色の色彩を帯びるものが多い。触角は短く,先端が太い。脚の跗節(ふせつ)は4節からなるが,第3節が小さく3節に見える。
テントウムシ類には危険を感じると落下して擬死をするほか,とらえると体からカンタリジンを含む黄色の汁を出すものが多い。成虫,幼虫の食性はアブラムシ類,カイガラムシ類,キジラミ類などを捕食する食肉性,植物の葉に白渋病やすす病をおこさせるカビ類を食べる食菌性,ジャガイモやアザミなどの葉を食べる食葉性に大別できる。しかし多くの種類は食肉性で,アブラムシ類を食べるナミテントウ,ナナホシテントウCoccinella septempunctata,カイガラムシ類を食べるヒメアカホシテントウChilocorus kuwanaeなどはその代表的な種である。ベダリアテントウRodolia cardinalisは果実の害虫イセリアカイガラムシを食するため,天敵としてオーストラリアから輸入され,今日では本州以南に広く分布する。白渋病菌を食べる種類としてシロジュウニホシテントウ(シロホシテントウ)Vibidia duodecimguttata,ジャガイモやナスの葉を食べる種類としてはニジュウヤホシテントウHenosepilachna vigintioctopunctataなどがあげられる。そのほか,カメノコテントウAiolocaria hexaspilotaはクルミハムシを捕食することで知られるが,テントウムシ科の食性からみて特殊なものである。
幼虫には蠟質の分泌物で体を覆うもの,いぼ状やとげ状の突起を背面に並べるものが少なくない。また胸脚は一般に発達していて,食物を求めて活発に移動する。植物上での蛹化は腹部末端を粘液ではりつける。1年に1世代から数世代。通常は成虫で越冬する。
執筆者:林 長閑
名称と民俗
テントウムシは欧米でもっとも愛されている虫である。その愛称も英語では〈マリア様の虫(鳥)ladybug(ladybird)〉(後者はOur Lady's birdの略),ドイツ語でも同じでMarienkäfer,フランス語では〈マリア様のお馬cheval de la Vierge〉〈神様の虫bête à bon Dieu〉などである。この虫が天上と結びつくのは,指にとまらせると必ず上へと上がっていき,指先から飛びたつこと,その色彩と形が愛らしいことによるのであろう。フランスでは,テントウムシをつかまえたとき,それを飛ばせるか木の皮につかまらせてやると,虫は空に昇って天国に席を予約してくれるという。また若い女性がテントウムシを飛ばせて,〈テントウムシ,テントウムシ,教えてよ。私がいくのはどこなのか,お嫁にいくのはいつなのか〉ととなえる。そうしてもし虫が若い男のほうに飛んだとしたら,それは彼女がまもなく結婚するしるしであるし,もし虫が教会のほうに飛んでいったら,皆がその娘に〈尼さんになるんだ!〉と叫ぶのが習わしであったという。
イギリスのマザーグースの歌の中に,〈テントウムシ,テントウムシ,お家へ飛んで帰れ,お前の家ゃ火事だぞ,子どもたちゃ焼け死ぬぞLady Bird, Lady Bird, Fly away home, Your house is on fire, Your children will burn〉というのがあり,さまざまなバリアントがあるけれど,これによく似た歌はヨーロッパ各国に分布する。また日本の〈テントウムシ〉という名も〈天道〉,つまり天と関係があり,16世紀後半以降日本における初期のキリスト教布教者がもたらした西洋起源のものではないかという説がある。
執筆者:奥本 大三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報