日本大百科全書(ニッポニカ) 「ミツバチ」の意味・わかりやすい解説
ミツバチ
みつばち / 蜜蜂
honey bee
昆虫綱膜翅(まくし)目ミツバチ科ミツバチ属の総称。高度に発達した社会生活をする昆虫として有名で、原産地は、ヨーロッパ、アフリカ、アジアの旧大陸である。ミツバチと人間との関係はかなり古く、スペインのバレンシア付近の洞窟(どうくつ)に残されている、紀元前7000年くらい前と思われる「女性のハチミツ狩り」の壁画からも、それがうかがえる。人間はミツバチの飼育によって蜂蜜(はちみつ)、蜂ろう、ロイヤルゼリーなどの生産物を利用するとともに、花粉媒介を通して果樹、牧草、農作物の結果に計り知れない利益を得ている。
[酒井哲夫]
ミツバチ属の種類
ミツバチ属の代表種として次の4種があげられる。
オオミツバチApis dorsataは、アジア南部に生息し、ただ1枚の巣をつくり、後述のトウヨウミツバチやセイヨウミツバチが木や岩の洞穴など暗い場所に営巣するのに対し、野外の木の枝などに営巣する。畳1枚ほどにもなる大きな巣をつくり、働きバチの体長も1.7センチメートルもあり、ミツバチのなかではもっとも大きい。攻撃性が強く危険であるが、産地の人々は、巣をとって蜂蜜や蜂ろうを集めている。
コミツバチA. floreaも、オオミツバチと同じようにアジア南部に生息し、手のひらほどの小さい巣を1枚つくる。営巣場所も野外の木の枝などである。ヒメミツバチなどともよばれ、ミツバチのなかでもっとも小形で、性質はおとなしく、刺すこともまれである。オオミツバチとコミツバチは、セイヨウミツバチやトウヨウミツバチに比べ、生態や営巣のようすなどからみて、原始的なミツバチと考えられる。
トウヨウミツバチA. ceranaは、アジアの南西部原産と思われるが、現在ではアジアに広くみられ、日本にも本種の1亜種であるニホンミツバチA. cerana japonicaが生息している。形態はセイヨウミツバチに非常によく似ているが、やや小形で、セイヨウミツバチとの重要な区別点は後翅翅脈の中脈M3+4がはっきりしていることである。営巣場所はセイヨウミツバチと同じように、自然では、木や岩の洞穴など暗い場所に数枚の巣を垂直につくる。集蜜力や家畜としての飼育可能性などはセイヨウミツバチに比べて劣っているが、アジアの国々では、トウヨウミツバチ用の巣箱や巣枠などを改良し、飼育している所も多い。
セイヨウミツバチA. melliferaの原産地は、ヨーロッパ、アフリカの両大陸である。もともと新大陸であるアメリカ、オーストラリア大陸にはミツバチは生息していなかったが、ヨーロッパからの移民によってミツバチも移住し、いまや極地を除いて地球上至る所で飼育されるようになった。世界の養蜂(ようほう)業で利用されているのは一般にこのセイヨウミツバチである。セイヨウミツバチも自然には、木や岩の洞穴など暗い所に営巣する習性をもっている。ギリシアは、古代の養蜂の盛んな国だったことがうかがえるが、その古い時代から、木製、籠(かご)、陶製などいろいろな巣箱でミツバチは飼育されていた。それらはすべて、数枚の巣が巣箱の天井からぶら下がるようにつくられ、1枚1枚の巣を観察することもできず、蜂蜜を採集(採蜜)するときには、その巣を切り取って布袋などに入れ、巣を壊して搾り取る方法しかなかった。それが、1851年、アメリカのラングストロスL. Langstrothによって、一枚一枚の巣を動かすことができる可動式巣枠入りの上開き式巣箱が発明され、今日のような近代養蜂の発達がみられた。
セイヨウミツバチには多くの亜種があるが、近代養蜂で重要な位置を占めるものは次の4亜種である。クロバチdark bee./A. mellifera melliferaは、ヨーロッパ、アルプス北部、西ヨーロッパ、旧ソ連地域の一部の原産。キチン質の色は非常に黒く、黄色のバンドがない。イタリアンItalian bee./A. mellifera ligusticaは、名前のとおりイタリアの原産で、体色は黄色で繁殖力、集蜜力などが強く、養蜂に適し、世界各国にいちばん普及している品種である。カーニオランcarniolan bee./A. mellifera carnicaは、オーストリアのアルプスの南と北バルカンの原産。全体の色は黒いが、体節に生えている毛は黒いキチン質に比べて明るい灰褐色で、ハイイロバチともよばれる。コーカシアンCaucasian bee/A. mellifera caucasicaは、中央コーカサス地方の原産で、カーニオランとよく似ている。カーニオランの毛が褐色を帯びた灰色であるのに対し、コーカシアンは鉛に似た灰色である。
[酒井哲夫]
社会生活
社会性昆虫のなかでもっとも進化した昆虫で、つねに蜂(ほう)群colonyという一つの機能的単位で生活している。蜂群は、1匹の女王バチqueen bee、季節によってその数は変わるが数千から数万匹の働きバチworker bee、それに繁殖期(4~9月)に現れる2000~3000匹の雄バチdrone beeで構成される。女王バチと働きバチはともに雌で、まったく同じ受精卵(染色体2n)から生まれる。女王バチと働きバチの分化は、成育する巣部屋と幼虫期に与えられる餌(えさ)の量と質の違いによって幼虫前期に決定される。女王バチは170~250ミリグラムの体重で、もっぱら産卵に終始し、雌性の受精卵(2n)と雄性の無精卵(n)を産み分ける。女王バチは、羽化後7~10日ごろに普通3~7回、空中で交尾し、雄から得た精子を貯精嚢(ちょせいのう)に蓄える。この精子の数は700万個にも達し、女王バチの生存中、貯精嚢の中で生き続け、必要に応じて輸卵管に出される仕組みになっている。増殖期の4~7月には、1日2000個以上の卵を産むことができ、女王というイメージとはほど遠い産卵器械egg laying machineにすぎないといわれるほどである。東京地方付近では2月中旬から12月中旬まで産卵し、4~5年の寿命を保つものもある。働きバチは80~130ミリグラムの体重で、羽化後の日齢によって体内の生理条件が変化し、その経過に従い、巣内の清掃、育児、営巣、番兵などの内勤バチから、もっぱら花を訪れて花蜜や花粉を運搬する外勤バチとなる。寿命は、春から夏にかけて労働の激しい時期には30~40日。冬季には6か月程度である。もともと雌性である働きバチは、女王バチが死亡し、もしも次代の女王バチの育成ができない場合には産卵を始める。ただし、この場合、卵はすべて無精卵なので小形の雄バチしか羽化しない。刺針は産卵管の変化したものであり、人畜を刺すのは働きバチである。雄バチは、体重160~280ミリグラム。複眼がとくに大きく、体形はずんぐりしており、種族維持に必要な新女王との交尾が唯一の役目である。巣箱内外での仕事はすべて働きバチ任せなのでdrone bee(怠けバチ)の異名がある。
[酒井哲夫]
生理・生態
女王バチ分化と王乳(ロイヤルゼリーroyal jelly)の関係は深い。前述したように幼虫期の栄養条件によって女王バチと働きバチに分化する。女王バチへの分化が、幼虫期に与えられる多量の王乳によることは疑いない。王乳は、羽化後1週間前後の、若い働きバチの下咽頭腺(かいんとうせん)hypopharyngeal glandと大腮腺(だいさいせん)mandibular glandの分泌物で、高タンパクの乳白色の液状物である。このタンパク質は、働きバチが花から採集した花粉によるものであり、ほかのハナバチ類では、花粉と花蜜をただ混ぜ合わせて与えるのに対し、ミツバチでは、一度、体内に摂取され、生合成を経て栄養価の高い王乳となるのが特徴である。女王バチの幼虫が、この王乳を多量に幼虫期全期を通じて与えられるのに対し、働きバチの幼虫の場合、幼虫期6日間のうち前半3日間は、ほぼ王乳と同じ働蜂乳(どうほうにゅう)worker jellyを少量ずつ与えられ、後半3日間は蜂蜜と花粉の混合物が与えられる。王乳中の分化決定因子などについては、いまだに不明である。
[酒井哲夫]
働きバチの加齢と分業
羽化した働きバチの最初の仕事は巣部屋の清掃である。2、3日して下咽頭腺と大腮腺が発達し、蜂乳bee milk(王乳、働蜂乳、雄蜂乳を総称する)の分泌が始まると、育児に専念するようになる。
下咽頭腺の退化と前後して、腹部の腹面第4節から第7節に計4対あるろう腺wax glandが発達し、蜂ろうの分泌が始まる。この時期の働きバチは造巣を始める。社会性狩りバチ類の巣は樹木の皮などを使っているのに対し、ミツバチの巣は、自ら分泌した蜂ろうによって正確に六角形の巣をつくりあげていくのである。この間に、巣に運び込まれた花蜜を何度も口移ししたり、蜜の詰め替え、扇風などの仕事も行われ、蜂蜜が完成されていく。また、一方で数回の定位飛行orientation flightののち、羽化後約3週間後に内勤バチから外勤バチへと移行していく。花を訪れ、花蜜や花粉を集めて運搬する危険な仕事には、老齢の働きバチがあたる。これらの経過は厳密なものではなく、個体差や季節による差、ハチ群の状態によっても適応的に変化する。変温動物であるミツバチの巣内の温度が、四季を通じてほぼ一定に保たれていることは驚くべきことである。とくに、幼虫、蛹(さなぎ)が育てられている巣の、いわゆる育児圏の温度は、32~35℃に保たれている。したがって、ミツバチの幼虫期間、蛹期間はつねに一定である。夏、温度が上昇しすぎると、巣門などで働きバチの扇風が行われ、さらに巣外から水を運び込んで巣面に広げ、外気を巣内に入れるだけでなく、水分の気化を促し、巣温の降下に役だたせている。巣温の上昇を図る方法としては、とくに胸部飛翔筋(ひしょうきん)を、はねを動かさないで振動させることによって発熱がおこり、これが温度上昇に大きな役割を果たしている。これらのエネルギー源は蜂蜜であり、越冬には十分な貯蜜が必要である。
[酒井哲夫]
フェロモンによる情報伝達
働きバチの腹部第7節背面にあるナサノフ腺Nassanoff's glandから放出されるナサノフ腺フェロモンは、蜜源、花粉源、巣分かれのときの仲間の位置を知らせる働きをしている。興奮した働きバチは、腹部を高く差し上げて、刺針の基部を露出し、フェロモンを放出する。このフェロモンは警報フェロモンである。この警報フェロモンによる警戒と攻撃の触発は、巣箱の周辺においてのみみられる。女王バチの大腮腺から分泌される特別な酸を女王物質queen substanceとよんでいる。1959年イギリスのバトラーButlerらによって同定されたもので、これが女王バチの出すフェロモンの重要なものである。その効果は複雑であるが、次の三つが存在することが知られている。(1)働きバチの卵巣発達や王台形成を抑制するカースト維持フェロモン、(2)巣分かれのとき、その効果を発揮する集合フェロモン、(3)空中での交尾の際に機能する性フェロモン、である。
[酒井哲夫]
感覚
視覚は、フリッシュの実験によって、黄、青緑、青、紫外が相互に区別されることが証明された。また、ミツバチは、青空の一角を見るだけで太陽の位置を知ることができる、いわゆる偏光解析能力をもっていることもフリッシュの発見である。これらは複眼の機能である。嗅覚(きゅうかく)は、触角に広く分布する感覚子が受容器となっており、花の匂(にお)いを識別するだけでなく、その匂いで仲間に蜜源植物の種類を伝達する。味覚は、口器と足の跗節(ふせつ)(先端の節)、それに触角にも味覚の受容器があるといわれている。ダンスによる情報伝達の研究は、フリッシュの40年余にわたる業績として有名であり、生物学的にも画期的なものであった。ミツバチの「ことば」を解析したこの研究業績に対して、1973年ノーベル医学生理学賞が贈られた。その「ことば」すなわちダンスは、巣箱内の垂直に下がっている巣板の上で行われる。有力な蜜源、花粉源植物から、花蜜や花粉を採集して巣箱に帰ってきた働きバチは、興奮状態で巣板の上を慌ただしく動き回り、ときどき腹部を激しく振動させながらダンスを行う。ダンスには、花が巣箱から100メートル以内にあるとき、距離だけを知らせる「円舞」と、100メートル以上にあるとき、距離と方向を知らせる「尻(しり)振りダンス」の2種類がある。「円舞」は、その名のとおり、円を描きながら不規則にぐるぐる動き回り、すぐ近くに花があることを知らせる。「尻振りダンス」は規則正しく「8(はち)」の字を描き、その中央の直線を動くときに、とくに腹部を激しく振動させる。フリッシュの実験によれば、100メートルのときには15秒間に9~10回、1000メートルになると4~5回、6000メートルのときには2回、と回転数が多いほど近く、少ないほど遠い距離を示している。次に「8」の字の中央の直線上を動く方向と、重力の反対の方向(真上)とのなす角度が、巣箱と太陽を結ぶ線に対する花の方向を示している。たとえば、ミツバチの動きが真上を向いているときには、太陽の方向に飛んで行けば花がある、と教えていることがわかる。フリッシュの弟子であるリンダウエルLindauerは、前述したトウヨウミツバチ、オオミツバチ、コミツバチのダンスを比較研究し、種によってダンスがすこしずつ異なっていることを明らかにした。このダンスは、トウヨウミツバチやセイヨウミツバチの場合、前述のように、暗い巣箱の中で行われる。この情報交換には、音が関与していることもわかってきた。
[酒井哲夫]
巣分かれ
5~6月の繁殖期にハチ群を自然状態のまま放置しておくと、新女王バチが羽化する2、3日前に旧女王バチが、ハチ群の約半分くらいの働きバチ、雄バチといっしょに新しい営巣場所を求めて一斉に飛び出す現象を巣分かれまたは分蜂(分封)(ぶんぽう)swarmingという。この過程を観察すると、あくまでも働きバチの主導によって行われることがわかる。巣分かれは、まず、巣箱から一斉に飛び出した数万匹のハチが、近くの上空で群飛する。そこに女王バチが加わると、やがて付近の木の枝などにハチのかたまりができる。このかたまりができるのには、前述した女王物質の集合フェロモンが関係しているといわれる。このかたまりは普通、数時間続くが、探索バチがあらかじめ探しておいた営巣場所へと一気に移動し、巣づくりを始める。このようにミツバチは、社会性昆虫の進化の頂点にある昆虫である。
[酒井哲夫]
『渡辺孝著『ミツバチと人間』(1980・日本養蜂振興会)』▽『坂本与市・岡田一次編著『畜産昆虫学』(1981・文永堂)』▽『渡辺寛・渡辺孝著『近代養蜂』改訂第3版(1984・日本養蜂振興会)』▽『岡田一次著『ミツバチの科学』第4刷(1985・玉川大学出版部)』▽『K・v・フリッシュ著、伊藤智夫訳『ミツバチの不思議』第2版(1986・法政大学出版局)』▽『坂上昭一著『ミツバチの世界』(岩波新書)』